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■数日遅れのお節料理

冬休みと言えばイベント続きで心が躍る長期休みである。
城之内にとってそれは人と少し違う意味でかもしれないが、その事実は変わり無い。

なんといっても稼ぎ時である。冬休みはサンタから始まる。

アルバイト三昧も傍からみれば大変そうだのいろいろ言われるがそうでもない。普段のアルバイトにくらべると断然楽しかった。
自分を介して人を穏かにさせるのは悪くない。子供の喜ぶ姿をみれればサンタでよかったと心の底から笑い返すことができた。

年賀状の仕分けも結構楽しい。一枚一枚に違った思いが込められている。写真やイラスト、中には趣向をこらしたものもあり、あまり覗き見はよくないとおもいつつ思わずみてしまう。

学生の冬休みらしい事をしたといえば初詣くらいである。お年玉や御節なんて贅沢は言っていられない。

もうすぐ冬休みが終わる・・・そんなときアルバイトの関係でたまたまあの大手企業が絡んできた。あくまでも偶然である。
一度偶然がおこるとそれは連鎖する。

まさかこんなところであの海馬コーポレーションの若社長様が拝めるとは。

イベントの提供だか協賛だか詳しい事はよくわからないし聞いてもわからないだろうが、社長自ら挨拶するような規模のイベントではないと思っていたが何かあるのだろうか。裏事情なんてさっぱりである。

望んでの仕事じゃないことは遠巻きでもはっきりわかった。あからさまな不機嫌顔。

公共の場なんだから少しは愛想振り撒けよ・・・という心配は不要だったようで、ステージに上がりスピーチが始まるとその表情は一変。相変らず偉そうな態度だが・・・まあ偉いのだから仕方が無いか・・・不機嫌丸出しのさっきまでの表情はどこいった。えらい変わり様である。

それくらいの切替が大切なんだろうな、その位置だと。そう思うと同い年で、しかもクラスメイトだとは思えなくなってくる。

想像も出来ない別世界にあいつはいる。

「(・・・なんでこんなに落ち込んでるんだ?意味がわかんねぇ)」

城之内は会場の拍手でステージから降りていく社長様を、ただぼんやり見詰めていた。




偶然の連鎖は、終わったと思った時にさらなる一発がくるようだった。おかげで完全に油断していた。


「・・・・・・貴様何故ここにいる」

「!?」


バイトを終えて帰ろうとしてた時、偶然、本当に偶然・・・海馬に会った。

自分の仕事は終わったがまだイベントは続いているはずである。


「何故って・・・バイトだよバイト。バイトが終わって昼食は何にしようか考えてるところを邪魔されたんだよ」


少しだけ作り物の不機嫌顔を作ってやると向こうは人を見下すように鼻で笑ってくる。

普段ならカチンとくるところだが、どうにもさっきの変貌振りをみてると目の当たりにしたらどうも本心がよめない。


「お前こそなんでここにいるんだよ。まだイベントは終わってないだろ?人がせっかく弁当運んだんだからありがたく食えよ」

「ふん。これ以上客寄せや見世物になるのは御免だ・・・・・」


海馬がさっきみせていた不機嫌顔を作る。
まあまああの海馬コーポレーションの社長が自ら登場するとなればそりゃ客寄せになるだろう。そして社長様の機嫌は下がる一方だろう。

そういえば冬休み中、何度か新聞やテレビで海馬の名前を見た。こいつも冬休みらしい冬休みは送っていないのだろう。そもそも冬休み何てあるのか。


「なぁ、お前休んでるか?」

「突然何だ・・・」


海馬は怪訝そうな顔をした。当たり前だ。自然な流れで口にしたと思ったがそれは城之内にとってだけである。


「いや、だから・・・正月は満喫できたか?ってことだよ」

「・・・まあこれに便乗したビジネスならいくつかあるが・・・一般的にいう正月らしいことといえば『御節を食べました』というやつくらいか」


海馬は数日を思い返すように顎に手をやり考えている様子だ。
御節、ねぇ・・・


「ああ、さぞ立派な御節なんだろうなぁ・・・元旦からカップ麺な俺とは住む世界が違うな。ケッ」


いや、御節を食べないこちらが少数派なのかもしれないが。


「ふん。負け犬にはお似合いだな・・・そうだ・・・余っている御節の残飯処理でも頼むか・・・ゴミ箱よりかは負け犬のものだろうが胃袋にはいった方がマシだからなぁ」


にやりと勝ち誇ったような笑みが癪に障る。
こいつは本当に人を切れさせるのが得意だ・・・流石に今回の言葉には城之内も血管を浮き出させながら噛み付いた。

「んだとてめぇ!大体・・・」

「来るのか?来ないのか?」


車を向けて振り返ったその顔に、馬鹿にした様子も何もなく、ただの無表情だった。

・・・本当に思考の読めない奴め・・・

城之内は車に乗り込んだ。






出されてきた御節は本当に美味しかった。
保存食としてはあまり意味をなさなくなっているそれだが、スーパーで売ってるようなものとは比べ物にならなかった。比べるほど食べたこともないのだが。

城之内が一口食べ、素直な感想と素直に礼の言葉を述べると、一言二言「あくまで残飯処理だ」だの「そんなもので美味いといえるとは普段よほど質素な食生活を送っているのだな」など嫌味をおいて行くとすぐに部屋を出てしまった。どうやら仕事があるらしい。

一人きりにするのが悪いと思ったのか勝手に着たのか、入れ替わりにモクバがやって来ると話相手になってくれた。

「ほんとお前は美味そうに食うんだな城之内・・・」

「実際美味いしな。あまり物でこれってことは元は相当だったんだろうな」

にこやかに言ってみたが、モクバはそれに「信じられない」というように目を丸くした。


「・・・城之内、正気か?」

「失礼だなお前。当たり前だろ」


その言葉で今度はあからさまに溜息をつくとやれやれ、と両手を広げてみせた。

「あのな、城之内・・・世間じゃ七草がどーだの言ってる時期だぜ?そんな時期までうちが御節をとっておくと思うか?」

「は?じゃあこれは・・・?」


だが言われてみればそうだ。中には海老や数の子みたいにどう考えても正月から置いてあったとは考えにくいものも入っている。
いや、元旦からあった・・・と考えれば全ておかしいかもしれない。


「お前の為に作らせたんだぜ?まったく、一流シェフでも泣き言漏らす無茶な注文だぜぃ・・・」

「わざわざ作ったのか!?だって海馬は・・・」

「城之内の鈍感ー。大体兄サマがイベントを途中で抜けたのも別の用事があったからだぜぃ。それをお前の為に少し時間を裂いたのに・・・」


まあ兄サマが素直じゃないのも悪いんだけどさ、とモクバが再びため息をついた。


「海馬が、俺の為に・・・?」


いつも人を馬鹿にしたような態度でしか接してこない海馬が?

その姿がずっと海馬なのだと思っていた。だが、今日の「本音と建前」を使い分ける海馬の態度を思い出す。
表に出しているものが、本心とは限らない。
本心を隠すことで何かを守ることが出来る。だがこの場合・・・


「(本音の方が好感持てる場合でも隠す意味がわかんねぇ・・・)」


モクバから言わせると『素直じゃない』海馬の態度。

海馬が素直に本音をぶつけてくるのと、海馬の本音を見極めるのはどちらが早いだろうか。
『本音』がつまった御節を食べながら城之内は顔を綻ばせた。



まだ、お互いが惹かれあってる最中の小さな変化。
後から笑い話に化ける大きな変化。

冬休み最後の、休みらしい日だった。



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