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■たのしみ
「もう帰れない……」
どんよりとした空気をまといながら鬼柳は重い溜息を付いた。虚ろな目をして力なくテーブルに突っ伏し、頭を鬼柳自身の腕の上に置いていた。
「なんだよ、どうかしたのか?」
尋常では無い雰囲気に心配の声をかけた。突然やってきたかと思えばこの様子……過去にいろいろあった為、その精神状態を過剰に心配してしまうのは仕方がない事として受け流して欲しい……誰に頼むでもなく思った。
「…………怒られた……」
「は?」
「ニコに……怒られた……野菜残したら怒られた……」
理解に苦しむ情報を伝達された脳は耳を疑った。あまりにも想定していない内容に身体のどの部分も一体何を言われたのか、何が起こったのかすら理解出来ずに只管困惑した。
耳が伝えた情報が正しいのだと、脳が理解してくれた所で溜息を漏らした。
そして、脳が望むがままに……鬼柳の頭を軽く叩いた。
「痛っ! 何すんだよ」
「ややこしい態度でくだらねぇ事言ってんじゃねぇよ!! あーあ……心配して損した」
唇を尖らせながら『くだらなくねぇよ』と不貞腐れている鬼柳は、そこそこ……楽しそうに、見えた。
知らない所で、知らない生活をして、知らない所で楽しんでいる鬼柳。それは反対の事だって言えるはずなのに……
「……なんか、お前楽しそうだな」
思わず発言してしまって後悔する。何だよこれ……棘のある自分の言葉に嫌悪する。本当なら、仲間が楽しそうにしているならば喜ぶべきだというのに……
「お前が楽しんでるから、オレも楽しまないと……逆に悪いだろ?」
「は……?」
「でもまぁ……どっちにしろオレの事気にしてくれるんだな、クロウちゃんは」
からかい気味でにっこりと、わかったような口調で言われた。先ほどまでのこの世の終わりのような表情はどこへ消えたのか……
「べ、別に気にしてなんかねぇよ! もう帰れ! 野菜くらい食え!」
「クロウが食べさせてくれるなら食べてもいいぜー?」
完全に鬼柳が優勢に立った……にやにやと、鬼柳は楽しそうにこちらを見ていた。むかつく。むかつくはずなのに……その楽しそうな原因が自分にあると思うと、心の底で小さく安堵する部分があった……鬼柳に知られては駄目だ。またからかわれる。
「言ったな? その口に大量の緑黄色野菜を詰め込んでやる!」
互いが互いの生活をし、関係のない所で楽しんでいる。
それでも、たまに会ってこうやって一緒に他愛もない事で楽しむのも……バチは当たらないだろう。
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