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■かみあそび
買物袋が強風で、ばたばたと強い音を立てて震える。油断すると目に砂が入りそうだ。この風の影響か街に人も少ない。
早急に戻りたい為、自然と早足になっていた。目もまともに開けられない上に、耳からも吸い込まれそうになるような鈍く低い風の音が入ってくる。
玄関の扉を開け、急いで閉める。安堵の溜息を付く。ようやく静かな空間にたどり着いた……そう思いながら家の中へと入っていく。
「あ! 遊星ぇー! お前はオレの味方だよなぁ!? 助けてくれ! 悪の軍団に囚われた!」
「誰が悪だお前がじっとしれりゃすぐ終わる事だろう!!」
風の雑音と比べては申し訳ないが、賑やかな空間がそこにあった。
「……何をやっているんだ?」
まず目に入ったのは鬼柳だった。その横にクロウがいる。一歩奥でジャックが傍観している。
クロウの手は鬼柳の頭に伸びていた。その髪の毛は頭の上の方で左右二箇所、結わえられていた。ずいぶん雑で左右対象になっていないツインテール。
「いやー、こいつが髪を結ってたから興味本位?」
「風が強いから一本に束ねてただけなのに珍しがりやがって…」
鬼柳を指差しながらクロウは言う。クロウに指を差されながら鬼柳は唇を尖らせている。
つまり、強風だった為に髪を結っていた鬼柳がやってきて、それを見たクロウが珍しがって他の結び方に興味を示した……で良いのだろうか。ジャックに視線をやる。小さく溜息をついて首を横に振って見せた。最初から最後まで傍観者らしい。
「痛ってぇなんだこれほどけねぇじゃねぇか馬鹿力っ」
「だからお前が暴れるからだろうが」
「遊星ほどいてくれー」
自分でほどく事を諦めた鬼柳はこちらに歩み寄り、大げさな訴える瞳で見つめてきた。
接近してみて、改めてその縛り方が雑であるかがわかる。まず縛っている物がただの輪ゴムで、数本の髪の毛が輪ゴムに絡まっている。ほどく際、確実に何本か抜けてしまうだろう……何故か勿体無さを感じる。
断る理由は無いので、小さく頷いて丁寧に輪ゴムを取る作業に入った。なるべく優しく作業しているつもりだが、時折鬼柳が「痛っ」と声を上げる。そのたびに手が止まった。
「すまない、大丈夫か?」
「あ、悪い……反射的に言ってるだけだからあんま気にすんな」
そう言われても、気にしてしまう……何とか ほどき終わるが、取り外した輪ゴムには、やはり髪の毛が数本絡まっていた……眉を寄せる。
「サンキュー遊星。助かったぜ」
「いや……何本か抜けてしまった。すまない」
ぐじゃぐじゃになっている鬼柳の髪を指で梳いた。結んでいた跡が残っていて、変に盛り上がったクセが付いている。何度も力をいれずに梳いたが、なかなか消えなかった。
「…………鬼柳、少しクロウの気持ちが分かるかもしれないと言ったら……お前は怒るか?」
「ん? 一体どういう……」
出来心だった。この不恰好な跡を消すには強い力でそれを押え付ける……そう思った時に、この髪を結ってみたいと思った。髪の毛を三束に分けると、丁寧に三つ編を施す。下まで結い終わったが髪を結うゴムが無い。再び輪ゴムを使うわけにもいかず、片手で買物袋の中から商品に巻きついていたリボンをほどき、それで鬼柳の髪を固定した。薄い寒色に赤いリボン……映える。
「なぁどうだ遊星。似合ってるか?」
鬼柳は振り向いて顔を合わせてきた。機嫌を悪くされるかと思ったが、むしろ機嫌は良くなっているように感じる。
「ああ、似合っている」
「そうかー。お前がそういうならオレは満足だぜ」
言いながら鬼柳は笑顔を見せた。髪を結っているせいか、いつもと印象が違う。
「おいこら何だよその態度の違いは!」
「遊星はお前と違って優しいんだよ。なぁ遊星?」
鬼柳はこちらの背後に回りこんで、後ろから抱き付いてクロウを挑発した。クロウは「悪かったな!」と不貞腐れている……心底ではないだろうが。
ああ、平和だな……何気ない会話、やり取りに幸せを感じ、微笑した。
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