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■雨の使者
「晴れたなー。やっぱ日頃の行いが良いからだな」
まだ水溜りの残る道を見渡して鬼柳は言う。連日雨の日が続いていた。最後に晴れていたのは何日前だっただろうか。そんな日が続く中、鬼柳が「明日は晴れる。この地区の偵察にいこう」とテーブルに広げた地図を指差した。無論、誰もそれが実行される事は無いと思っていた。
それが朝。いつものうんざりする雨の音が聞こえないと外を見れば、雨はすっかりあがっていた。
「ま、日頃の行いは別にしても純粋にすげーよな。ホントに晴れちまうなんてよ」
「そうだな。まさかオレも雨があがるとは思っていなかった」
クロウと遊星が言う。やはり、雨があがるとは思っていなかったのか。だが鬼柳だけはそれを認めていなかった。
「オレが晴れるつったら晴れるんだよ。よし! じゃあ出発……っう……出発!」
道の一番隅にいた鬼柳が、言葉を詰まらせた後にそのままゆっくり数歩横移動した。そこで仕切り直して出発の音頭をとったが……どう考えても不自然だ。偶然にも鬼柳のその動きはこちらに接近する形になったので横顔を覗き見る事が出来た。その笑顔は引き攣っていた。
「何だよどうかしたのか?」
同じく疑問に思ったらしいクロウは声を掛ける。鬼柳が横に移動した事により一番端に立つクロウは首をかしげた。
「な、何もいねぇよ」
クロウの方を一切見ずに鬼柳は答えた。違和感のある答え方から一つの可能性を真っ先に思いついて実行したのは遊星だった。
「……かたつむり」
鬼柳の肩が、大きくはねた。
遊星の言葉と、視線の先を確認してクロウもそれを発見する。こちらからも遠目に見えた、ずるずると壁を這うかたつむり。
「え、何……お前もしかしてかたつむりが……」
「ばっかそんなんじゃねぇよ! オレは……っうわぁ!! 何やってんだよそんなもん触るな! 離せ! 投げろ!」
かたつむりの殻を掴んで持上げているクロウを見ると、悲鳴にも近い上擦った声で言いながらただ傍観していただけのこちらの背後へ回り込んでクロウを視界から外した。背中側の裾を強く掴んでくる。震えているのは気のせいだろうか。
「おいおい、鬼柳さんよぉ……こんな可愛い奴のどこが恐いんだぁ?」
「こ、恐くねぇよ!」
背後から顔半分だけ出して鬼柳はクロウに叫ぶ。その反応に、クロウは面白いものを見つけたと言わんばかりの含み笑いでじりじりと鬼柳に詰め寄ってくる……つまりこちらに接近してくる。
「だったら証拠見せようぜリーダー……恐くないなら何とも無いよなぁかたつむり手に乗せるくらい」
「っ……そ、そんな得体の知れないもんに触れられるかっ……皮膚の細胞が死滅しちまう」
半分出ていた顔も引っ込めて、鬼柳は僅かに声を震わせながら反論した。二人には見えない位置にいる鬼柳を小さな動きで振り返り見た……目に涙を溜めている。否定しているが本気で苦手なのだろう……放っておいたら、本気で泣き出すのではないか。そう感じたので溜息を付いて傍観をやめにした。
「もう茶番はいいだろう。折角晴れたというのに、こんなところで道草していてどうする」
「なんだよジャックは鬼柳派かぁ? でもまぁ、そうだな。こんな所で時間を無駄にしてる場合じゃねぇな」
不完全燃焼そうな顔をしているがクロウは納得すると、かたつむりを元いた場所に戻した。突然騒動に巻き込まれて、かたつもりも迷惑だっただろうに……など、かたつむりに同情した。
かたつむりとクロウが完全に分離するのを見届けて、ようやく鬼柳は背中から離れ先頭に立った。
「サンキュー! ジャック、愛してるぜ! 気を取り直して出発しようぜ!」
何も無かったかのように仕切り直す鬼柳に、各自さまざまに感じながらも頷いた。
冗談めいた口調で、というより冗談で言った言葉なのだろうが……仕切り直す直前に言った鬼柳の言葉が何度も脳内で再生された。まったく、どうかしている。先ほどは同情したかたつむりに、小さく礼を言った。
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