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■リング
「っつーか、別について来なくても良かったんだぜ? せっかく遊びに来たんだからよ」
ちょうど買出しに出かけるタイミングで鬼柳は訪問した。それはもう見事なタイミングで、玄関を開けたら鬼柳がチャイムを鳴らそうと手を構えるポーズ。
「オレが一緒に行くって言ってんだよ。それより、変に客人扱いされる方が気にいらねぇな」
きょろきょろしながら鬼柳は言う。こちらが買物に出る事を知ると、ついていくと間を置かず笑顔で答えた。結果、今現在スーパーを二人で歩いている。
鬼柳は目に付いた物をしげしげと眺めて、ときたま手に取り、そして棚に戻していた。疑問に思って品物を見て、自己解決して目を離す。そんな様子。
「……何か欲しいものがあるならまとめて買うぞ」
「いや、別に買いたいもんはねぇよ」
即答。先ほどの予測通り、物欲で商品を手にしているわけではないようだ。きっと疑問自体も他人にとっては疑問にすら思わないような事なのだろう……小さく溜息を付く。鬼柳の思考は読みきれない。昔も、今も。昔はそれを悔やんだりもして、今だって悔しくなくはないが、読みとろうが読み取るまいが鬼柳は鬼柳でありそれ以上でも以下でもない。悔やんだ所で何も変わらない……また新たに興味を示した箱型の商品を手に取っている鬼柳を眺めながら考えた。
「あー、クロウ。やっぱ買う。これだけ」
持っていた小箱を買い物かごへと落して鬼柳は「よろしく」と付け足す。
かごの中身のニューフェイスを確認する。子供向け玩具付きの菓子のようだ。何が鬼柳の気持ちを射止めて購入に至ったのかさっぱり分らなかった。
深い追求はしないまま買物は無事終了。大量の買物ではないので袋は一つ。率先して鬼柳は受け取り、何も言わずに荷物持ちになった。
外に出る。いつも通りの明るい午後の日差し。ほんのり暖かい程度の日光。
「クロウ、ちょっと左手貸せよ」
「は?」
視線を鬼柳に向けると、さっき買った菓子箱を開封していた。中に入っていた玩具だけ取り出して手招きしている。
わけも分らず左手を出した。すると鬼柳はその手を下から手のひらを合せるようにし、逆の手で玩具をこちらの手に装着……しようとしたらしい。が、失敗に終わる。
「あ、やべぇそこまで考えて無かったわ。残念だったなー」
残念だったなーと言いながらそこまで残念がっていない薄い反応で、鬼柳は手の動きを止めた。改めて玩具の正体を見る。プラスチックに安っぽい金色の塗装がされている小さな円形のもの……指輪。それをこちらに取り付けようとしたがサイズが合わずに指先でストップした。ちなみに試みた指は……左手の薬指。
「何だよこれ」
「いや、悪い虫が付かないように。虫除け?」
言い放つ鬼柳の顔は真面目だった。
「はぁあ!? お前…っ白昼堂々、真顔で何言ってんだよ! 馬鹿になったか? 元から馬鹿だったか!?」
街中で素っ頓狂な声を上げてしまった。幸い誰もこちらを見ていない……目を合せないようにしているだけか?
周りの目など気にする様子もない鬼柳は、自分のペースで話を続けた。
「馬鹿といえば馬鹿なのかもしれないなぁ……オレ自分がこんな独占欲あるとは思ってなかった」
頭を掻きながら鬼柳は指輪を見詰めていた……独占欲? なるほど……
「…………悪いな、その点なら……」
自分の指に残っていた指輪を抜き取り、乱暴に鬼柳の左腕を掴むと薬指にはめ込んでやった。やっぱり、指の先までしか入らない。
「絶対、お前に負けてねぇわ」
鬼柳は若干目を丸くした様子で、しばらくぼんやりしていたが、小さく口を開いた。
「…………お前大丈夫か? 悪いモンでも食ったんじゃないか?」
「てめぇから言い出したんだろうが!!」
急に我に返った。さっきまで人目を気にしていたと言うのに一体何を言い出したんだ……顔が熱くなる。
鬼柳はこらえきれずに吹き出して声を出して笑い、何とかそれを押さえ込みながら震える声で話し出す。
「悪い悪い、だってお前そんなこと言うようなキャラじゃねぇから……ま、いいや。虫除けなんて必要ない事わかったしな……帰るか」
鬼柳は指輪を外して箱の中に閉まい、嬉しそうな笑顔を浮かべて歩き出した。何故だろう。立ち止まっていたのに体力を使った……鬼柳の横に並んで歩く。
「なあクロウ」
「何だよ」
歩く方向に視線を向けたままで鬼柳は声を掛けてきた。まだまだ上機嫌をキープしている。そしてその顔をこちらに向けると含み笑いの滲んだ笑顔で続ける。
「キスしていいか?」
「調子に乗ってんじゃねぇよ」
少し声のトーンを落として突っ返す。鬼柳は途端に「ちぇっ」と唇を尖らせてつまらなそうな顔をした。まったく……
「…………帰るまで待て」
「!! マジか! よしさっさと帰ろうぜ! 走るぞクロウ!」
「はぁ!? ちょ、おい待てよ鬼柳!!」
小走りをしだした鬼柳を慌てて追う。
穏やかな日差しなのに、今日はやけに暑かった。
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