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■雨の記憶


この地方に雨が降るのは珍しい事だ。朝目が覚めて窓の外を見た時、目を疑ったくらいに。
台風ほどの豪雨ではないが、比較的強い雨。雨に慣れていないこの町は、それでも軽視できない。タンスの奥から雨具を取り出して、街と鉱山の様子を見て回った。特に鉱山は不安要素だったが、細心の注意を払っていれば問題なく作業できるようだ。現場の人間に後を任せ、再度街を見て回った後に家へ戻る。ニコとウェストが既に起きていて、朝食の用意も出来ていた。朝食の時間には少し遅い……待っていてくれたのだろう。
朝食を済ませて、後片付けをするニコを背に窓の外を眺めた。窓越しでも聞こえてくる雨音。上から下へ不規則に落ちる雨粒。窓に付いた雫が、ゆっくり、ゆっくりとガラスを伝い、雫を大きくして流れる速度を上げていく。外はどんより暗い。恵みの雨と喜ぶべきだが、どうも優れない……雨の日に、良い思い出が無い。
じめじめと、心の一部を腐らせてしまうようなものばかり。消えない。消せない。治らない。

「鬼柳さん! 聞いてますか?」
「へ? わ、悪い全然聞いてなかった」

声を張ったニコに慌てて振り返った。雨に没頭しすぎたか。
ニコは小さく溜息を付いて、恐らくさっきも言っていただろう事を再び話し始めた。

「私たちは買物に行ってきますので留守番をお願いします」
「こんな雨の中か? 明日でも良いんじゃねぇの? もしくはオレが行ってくるぜ?」

街の見回りも割と一苦労だった天気。心配になって眉を寄せた。

「元々今日は買物に行く予定だったので……それに、鬼柳さんは休める時に休むのが仕事ですから」

手提袋を手に、ニコは言う。もしかしてさっき雨に耽っていた事も考慮されているのだろうか。あれは疲れとかそういうものじゃないんだが……
横についていたウェストも姉の横で大きく頷いて、言った。

「そうそう。鬼柳兄ちゃんは家の外で忙しいから家では休んでて欲しいんだよ。ね? ニコ姉ちゃん」

ニコは小さく同意するように首を縦に振った。そして微笑を浮かべると、再度「留守番宜しくお願いします」と二人揃って廊下へ消えた。やがて玄関の音が聞こえ窓の外に二人の姿を確認する。家の中に一人きり。

「……はぁ……」

また雨を見ていると余計な事を考えてしまうので机に突っ伏してみた。視覚を防いで研ぎ澄まされた聴覚に雨音が親の敵の如く聞こえてくる。これは駄目だ。

「くっそ……駄目だ持ちあがらねぇ……」

窓から遠ざかろうと異動し、リビングのソファに突っ伏した。弱まりはしたがまだまだ雨音は聞こえる……そうだ、このまま寝てしまえばいいか……そう思った時、玄関のベルが鳴った。

「…………うまくいかねぇな」

しぶしぶ起き上がり玄関に向かう。居留守も考えたが、鉱山で何か事故があった……なんて知らせだったら大変だ。
二度目のベルが鳴り、小走りで玄関に向かってドアを開いた。

「…………」

来客は居た。不機嫌顔で、ずぶ濡れになっている、ジャック・アトラス。

「……………………えーっと……水も滴る良い男ってか?」
「何故雨が降っている!」
「んなことオレに言われてもなぁ……とりあえずあがれよ……」

怒りを露にするジャックを、とりあえず脱衣場まで連れて行き、適当に自分の服を貸した。
出さないよりマシかとインスタントのコーヒーを用意してジャックを待つと、不満そうな顔をしたジャックがやってくる。

「服が窮屈だ」
「……悪かったな……それでも大きそうな服選んだんだよ……それで? わざわざ雨の日に何の用だ?」

コーヒーを差し出しながらジャックに尋ねると、ジャックはどこからとも無く小箱を取り出して、テーブルの上に置いた。

「遊星からだ」
「あー……そうか出来たのか。ありがとな。遊星にも礼を言っておいてくれ」

小箱を受け取る。前に、遊星へ依頼していた商品が完成したようだ。それをなんだかんだと言いくるめられてジャックが届けに来たのだろう。しかも雨。踏んだり蹴ったり。

「ところでそれはなんだ」
「いや、わかんねぇ」
「なんだと……?」

ジャックは眉を吊り上げた。火に油のような発言だったか。箱を眺めながら説明する。

「オレは間に入っただけだ。機械に関しては良くわかんねぇからな。街の連中がこれを必要だっていうんで良くわかんねぇまま、機械なら遊星だろうって遊星に頼んだらすんなり承諾してくれた」
「……届け甲斐が無い」

誰がどう見ても不機嫌な顔をしてジャックはコーヒーカップを手にした。しかもそのコーヒーはインスタント。追い討ちだろう。ジャックにとっては。
しかしそんなジャックに思わず口元が緩んでしまった。

「オレは今日お前が運んできてくれて助かったけどな……タイミング的にも」

あのままソファで眠ろうとしたって、結局眠れなかっただろう……延々、一人頭を抱えていたはず。

「……まったくお前は駄目な奴だな」

何となく察してくれたジャックは、こちらを横目で見ながらコーヒーを口にする。

「反論する言葉もねぇよ…………なぁ、最低服が乾くまでいるんだろ?」

一人になるのが少し怖かった……情けない。言葉の意図を汲み取り、それでも意図を表面上に出さないようにジャックは対応してくれる。

「服が乾き尚且つ雨が上がるまでいるだろうな。出来る事ならば、再び雨の中を走るなんて事は避けたい」
「……そうか」

窓を見る。さっきから雨の強さは変わっていない。
不思議だ。鬱々とする雨音は殆ど聞こえなくなったのに。




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