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■躾
まるで組みあがっていたプログラムが実行されたようだった。バグ一つ無く、人為的に作られたシステムに踊らされ、反発もしないままこの暗闇にいた。
この瞳に映る自分の手。確かにこれは自分のもの……ダークシグナーとしての。
ただただ、流されてここまで来てしまった。ここに来てようやく考える時間が出来た。状況把握と今後の事。
「何をしている」
「……別にぃ? なーんもしてないぜ。する事もないからなぁ……」
緩やかな蝋燭の灯火に晒されて、その人物は近付いた。この人物はどうやら一応大将らしい。その認識も実行されたプログラムに組み込まれた情報の一つ……
今はただひたすら待てと。そう命令したのもこの男だ。ただそれに従っていたが……これほどの力を持ってして、何を待つ必要がある?
今すぐ、遊星、クロウ、ジャックへ……裏切り者達への復讐を決行出来るだけの力がある。
「よからぬ事を考えているのではないだろうな」
ルドガーは凄んだ。圧力、上下関係……うんざりだ。誰かの下について何が楽しい。どんなメリットがある……サテライトで培われた反骨精神だけは、ダークシグナーと化しても残っていた。
「じっとしてるのは生に合わないもんでなぁ……思い立ったら即決行。分りやすくて良いと思わないか?」
「まだ時は来ていない」
「ハッ! 知らねぇよてめの事情なんかな!!」
お山の大将の言葉を無視して、その横を通り過ぎようとした。しかし並んだ瞬間、強い衝撃に阻まれて引き寄せられた。背後から首の前に回されるルドガーの太い腕……右腕で押さえ込まれてしまった。びくともしない。
「何しやがるこの……ッ!」
目の前の腕に思いっきり噛み付いた。歯向かった。ムカツク。ムカツク。ムカツク。
それでもお山の大将は全然動じなかった。声色一つ変えなかった。口には鉄の味が広がる。
「……まるで躾のなっていない子犬だな。自分が偉いと思い込み、好き放題動き回って自分と合わない奴がいれば噛み付く……」
ルドガーは反対の手でこちらの髪の毛を掴み無理矢理引き離すと、思いっきり突き飛ばした。壁に腰を強打する。痛い。痛覚は正常だ。
「今までに躾をする人間に出会わなかったのは不幸だな……憐れだ。時が来るまで貴様を躾けてやろう」
再び髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
「ざけんじゃねぇよ……力で無理矢理ねじ伏せるってか? 恐怖政治かようぜぇ…………まあ、世の中なんざそんなもんか……所詮他人蹴落として這い上がって、力で誰かが誰かを抑圧する弱肉強食の世界だ。弱者に居場所なんてねぇ……他人は他人……踏み台……」
仲間など幻、友など幻想……人として生きてきて学んだこと。平和は理想、静穏は夢物語。どんなに手を延ばそうと小さな光は遠ざかるばかりで、結局……どん底までたどり着いた。どろどろした地上よりは、この暗闇、よほど居心地が良い。
「お前が絶望し、見下した世界で、そういった感情を抱かなかった人間が多々いるのは何故だ? ……子犬ではなく負け犬だったか。いっそ同情する。躾け甲斐があるな」
小さく頭を小突かれた後、ルドガーは立ち去った。もうすっかり外へ飛び出す気は失せていた。
「チッ……何なんだよあいつ……」
強打した腰を押さえながら立ち上がった。まだ口の中に血の味が残る。不味い。最悪。
「……躾、ねぇ」
サテライトや牢獄で受けた暴力とは種類が違う……暴力と呼び難い何かを感じたのは気のせいだと思いたい。
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