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■プロポーズ
声も無く、ただ足音だけが接近してくるのを背後に聞く。家の人間と信じて疑わず、パソコンから目を話す事は無かった。しかし、足音が止んでそのまま微動だにしない人物に少しだけ違和感を覚えて振り返る。候補に挙げていた名前は全て外れた。
「鬼柳!」
「よぉ遊星……気にすんな。作業続けろよ。忙しいんだろ?」
床に座り込んで鬼柳は微笑を浮かべ、こちらを眺めていた。気を使って声をかけなかったのか……申し訳無い。
「そういうわけにもいかない。せっかく来てくれたんだ」
「勝手に押しかけただけだ」
鬼柳の傍に並び、床に腰を下ろした。心配になるほど白い肌に近付く。まじまじと鬼柳の顔を見た。すぐ無茶をするから健康状態の確認の為。本人に聞いた所でまともな返答は返ってこない。実際に見て確認するのが一番の方法だ。
「……そんなに見られたら穴が開いちまうんだが?」
「す、すまない」
言われて目を逸らすが、盗み見るように何度か鬼柳を見る。体調が悪い様子は無さそうだ……安心する。
しかし鬼柳の表情変化を確認した。呆れたような、苦笑。
「あのなー遊星―。そんなに見たいなら、別に見てもいいけどよ……そんなにオレ見てて楽しいか? むしろ飽きないか?」
「飽きることは無い。ずっとお前を見ていたい」
純粋にそう思ったのでそのまま声に出した。
鬼柳はいろんな表情を持っていた。見ていて飽きない。放っておけない。そんなものを感じる。むしろ、目を離すのが不安になる。目を離した隙に、どこかへ消えてしまうのではないか……そう感じてしまう。
「なんだそれ。プロポーズみてぇだな。普段から言ってるなら気をつけたほうがいいぞ。女がどんどん落ちていく」
喉の奥で笑い、鬼柳はひらひら片手を振りながら言った。
普段、か。普段こんな事を思うだろうか。他の人間にこんな事を言おうとするだろうか。シミュレーション。想像が出来ない。『プロポーズみてぇだな』……鬼柳の言葉が脳で再生された。
「そうかもしれないな……」
「は? 何がだ?」
「いや……なんでもない、独り言だ」
腑に落ちない表情の鬼柳を見て、口元に笑みを浮かべた。
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