seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■味覚は合致せずとも


「少し飲ませてくれ」

先ほどからじっと何も言わず見つめているかと思えば、突然鬼柳は口を開いた。鬼柳の興味は今まさに口へ運んでいるこのコーヒーカップの中身にあるらしい。

「別に構わんが……」

あまり鬼柳がコーヒーを飲んでいるシーンに遭遇したことはないが、好きなのだろうか。持っていたブラックコーヒーを鬼柳に渡すと、両手で受け取り「サンキュ」と小さく礼を言ってコーヒーを口に運び始めた。

「……うぇ……やっぱ苦い」

思いっきり顔を顰めた鬼柳は、それでもちびちびとコーヒーに口をつけていた。『やっぱ』などと言っている辺り、元からブラックコーヒーが苦手なのだろう。

「何がしたいんだお前は」
「お前がいつも飲んでるから飲みたくなったんだけど、辛い」

辛いと言いながらコーヒーを飲み続ける鬼柳は奇妙以外の何モノでもない。たまに突拍子もないことを言い出す奴だが……溜息を付いた。

「辛いなら飲まなければ良いだろう」
「いやー、今お前と同じものを体内に摂取したい気分だから。お前のものを飲みたい」

だからと言って、顰め面で溜息交じりに無理やり飲みたくもないものを飲むだろうか? 見るに耐え兼ねる。

「えぇい貸せ!」

コーヒーカップを取り上げミルクと砂糖を乱雑に投下し、かき混ぜて再度鬼柳に差し出した。
鬼柳は目を丸くしたが受け取ると再度コーヒーを口にした。

「あ、うまい。でもこれお前と同じもの摂取してるうちに入るのか?」
「コーヒーはコーヒーだろう」

へー、と適当な返事をした後、カップの中身を半分くらい減らした所でコーヒーカップを返してきた。

「ご馳走様。ありがとな」

満遍の笑顔で鬼柳は立ち去った。一体何だったのか。
渡されたコーヒーを口にする。

「甘ったるい……」

鬼柳の舌好みに染まったソレを、口内から食道へ伝い流す。もし鬼柳がいなければ口にする事もなかった味。
……何となく、ニュアンスだけだが……鬼柳が言っていた言葉が理解できた気がした。




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