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■小さな頼みごと
風邪菌の口移しなんてものは、即効性が無いどころか成功しているのかもさっぱりわからない代物で、細々と会話を続けるうちに鬼柳の症状は悪化の一途をたどっていた。発熱により顔は赤く、時々「ぅぅ…」と小さく呻き声が聞こえてくる。
「辛いか?」
「うーん……ぴんぴんしてるといえば嘘になるな……そこまでじゃねぇけど……」
弱々しく笑う姿に顔を顰めた。どこまで強がるのか、このリーダーは。そんなに頼りないか仲間は……それとも個人単位で頼り無いのか。
鬼柳の額に手をやった。熱い。もしさっきより熱が上がっていたらとんでもない。鬼柳の態度で忘れがちだが、さっきの時点で既にとんでもなかったというのに。
「熱上がったんじゃねぇのか? ちょっと体温計取ってくる」
「いや、いらねぇ。問題ねぇから」
そんな所を否定されるとは予想外だ。鬼柳は具合の悪そうな顔を隠すのもしんどくなったのか、ダイレクトに辛そうな顔をしている。これは本格的にやばいんじゃないか。この、ええかっこしいが弱ってる所をさらけ出しているなんて。
「測ろうが測るまいが、熱あることには変わりないんだから別に測ってもいいだろ。何今更否定してんだよ」
「馬鹿、そうじゃねぇよ……」
部屋を出ようと背を向けたら服を掴まれた。鬼柳の意図が読めない。表情から読み取ろうとしても、熱で苦しそうだ……くらいしか読み取れなかった。
「何なんだよ一体」
「……皆まで言わすなよ……察してくれ、お前は空気が読める奴だとオレは前から評価しているんだぞ……」
そんな所を評価されているとは初耳だし自覚も無い。言い難そうに鬼柳の目が泳いでいる。しかしこちらが全然理解しない事がわかると、搾り出すように言った。
「そ、傍に……いろよ……」
「は!?」
聞き間違いかと思って何度も頭の中で再生させた。だが該当する空耳候補は見つからない。
鬼柳は顔を真っ赤にしている。いや、元から赤かったがこれは……口元が、緩んだ。
「……あー、よしよし傍にいてやるよ、良い子の京介君の為に」
「お前……馬鹿にしてるだろ……」
ベッドの端に座りなおし、鬼柳の頭を撫でる。不貞腐れるように鬼柳は唇を尖らせた。ここは素直に弁解しておく。
「馬鹿にしてねぇよ。むしろ……嬉しい、かもな。お前……あんまオレに頼ってくる事とかねぇしよ」
「なんだそれ……そんな小さいことで満足してんじゃねぇよ」
居心地が悪そうに鬼柳は視線を逸らした。何とでも言え。こっちとしては大きな出来事だ。
「お前寝たほうがいいんじゃねぇか?」
「……寝たらお前どっか行くだろ」
「行かねぇよ。起きる間で側にいてやるから」
鬼柳はしぶしぶ納得すると瞳を伏せた。
上機嫌で見守り続ける。不謹慎だが風邪巾に少し感謝した。
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