seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■あまいおくりもの


昼下がり。休憩の名目でベッドに寝転がっていると玄関のチャイムが鳴った。どうせニコが対応してくれるだろうと身体を起こしさえしない。
天井まで視界を遮るものはない空間に、障害物を配置する。自分の右手と小さな箱。

「……あと一週間か」

箱に書かれた賞味期限を見て独り言を漏らす。手にしているのは菓子箱。中身はチョコレート。軽く箱を振った。からからと寂しい音がする。残りは一粒。状況を簡潔に説明すると、この最後の一粒が勿体無くて食べられない状態。
別に格別高級なわけでも格別美味しいわけでもない、普通に売っている普通に美味しいチョコレート。まどろっこしい事は無しにしよう……これはジャックから貰ったものだ。

「あーやだやだ女々しい気持ち悪い引くわ……」

持ち上げていた右腕を下ろして盛大に溜息をついた。貰った経緯は単純だ。たまたま遊びに行った時、たまたま買物先でジャックがたまたまおまけで入手したチョコレートをいらないからとたまたま貰った。そう、たまたま。
だから最初のうちは普通に食べていたのだが、ふと思ってしまった。ジャックから何か形あるものを貰うのは初めてではないだろうかと。
そこから急に勿体無く感じ、夜一人で大事に食べ進む滑稽な図が完成した。そして最後の一粒になかなか手が出せず刻一刻と近づく賞味期限。

「馬鹿だろ……何やってんだか……」

そしてまた食べる事が出来なかった。身体を起こし、ベッド脇にある物置の引き出しにそれをしまった。
嬉しいのと、恥ずかしいのと、悔しいのと……気分の上昇気流と下降気流が同時に押し寄せてわけの分らないテンションだ。追い詰められてヤケクソになった心境に近いかもしれない。こんな事で喜んでいる自分に嫌悪。
思考をシャットダウンさせるため、今度は意図的に大きくわざとらしい溜息を付いた。そろそろ街の見回りに戻ろう……そう思って頭を掻いた時だった。
ドアが開いた音だと認識が送れるほどに派手な音を立ててそれが実行された。慌てて振り返る。

「な、何……」
「入るぞ鬼柳!」

本来ドアが開く前に聞こえるべき台詞が今になって聞こえてきた。

「ジャック……その台詞、ドアが開く前に聞きたかったぜ……」
「受け取れ」

一切こちらの話に合せる気が無いジャックは、手に持っていた何かをこちらに投げつけた。見事なコントロールで目の前に飛んできたそれをキャッチする。完全に停止した投げられたものを見て瞳孔が開いた。

「貴様の好物がチョコレートとは初耳だったぞ」
「…………オレも初耳なんだが……どこ情報だよ……」

ご丁寧に、今引き出しの奥にしまわれているチョコレートと同じもの。違うのは賞味期限くらいだ。

「お前のところの子供がっていた」

ジャックは腕組みをし、壁に寄りかかりながら答えた。ああ、そうだろうな。ニコだろうな……本当に気が利くというか……利きすぎるというか……

「あーあーもう馬鹿だ。馬鹿ばっかりだ。みんな馬鹿ほんと馬鹿」
「何なんだ……いらないのならば返せ」
「いや、受け取らせてくれ……勿体無いお化けに遭遇したくない」

困惑するジャックから目線を外して手に持ったチョコレートを見ると、反射的に口元が緩んだ。
ああ、一番の馬鹿は言われるまでも無く自覚している。




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