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■いつまでも遠い目標
デュエルディスクに新システムを組み込む作業に没頭しすぎて時間が経つのを忘れていた。ふと時計を見ればすっかり深夜と呼べる時間帯になっている。
もう少し手を加えたら寝よう……その前に水分を欲しがる喉の訴えに気が付きキッチンへ向かう事にした。
部屋を出ると当たり前だが静まり返っていた。皆もうとっくに眠りについているだろう。暗がりの廊下を進む。
「……?」
キッチンが目視できる位置に来ると、そこから光が零れているのに気が付く。消し忘れだろうか? それとも。
ゆっくりと近付きキッチンを覗き込む。消し忘れでは無い。先客がいた。食卓に、頬杖を付いて座っている鬼柳の姿が見える。
「き……」
声を掛けようとして思わず息を飲んだ。一瞬、心臓が送り出す血量が増大する。
煌々と人口の光に照らされる鬼柳は、今まで見せたことの無い表情をしていた。
いつも、自信に満ちて余裕の笑みを浮かべて先頭に立ってチームを率先して導いてくれる、まさにリーダーの器に相応しい態度に表情。鬼柳は天性的にそんな器を持っている人間だと思っていた。少しの期待をかけると何十倍にも何百倍にもして返してくれる……そんなことを平然とやってのける人間なのだと。
だが、今目に映る鬼柳は、思い詰めたような暗い表情で眉間に皺を寄せていた。記憶に残る鬼柳とのギャップに、この鬼柳は幻ではないのかと思った。手を延ばしたらすり抜けてしまうのではないか……そう感じた。
「鬼柳」
一度飲み込んだ名前を落ち着いて口にする。名を呼ばれた事に気が付いた鬼柳は、それがスイッチだったかのように表情を見事に変化させた。記憶の鬼柳と合致する笑顔。
「よぉ遊星。なんだ、こんな時間まで起きてたのか?」
「ああ……」
強烈な違和感に苛まれていた。鬼柳はいつも通りだ。では、さっき見た鬼柳は一体何だった?
もし普段の鬼柳が、チームを引っ張っていくために無理している姿だったとしたら。悩みがあっても打ち明けられずに自己消化しようとしているとしたら。
鬼柳の存在は、見上げて手を延ばしても届かない存在……憧れに近いのかもしれない。だから逆に、鬼柳はきっと精神的な部分でこちらを頼っては来ないだろう……そう感じた。その結論に達したとき、心臓が小さく締められる錯覚に陥った。痛い。少し俯く。
「遊星、座れよ」
いつまでも入口で立ち尽くしていたら、鬼柳が小さく手招きをした。沈む心境と比例するように身体が重い……引きずるように足を動かし鬼柳の傍に腰を下ろした。すると鬼柳は腕をこちらのへ伸ばし、大きな動作で頭を撫でてきた。目を丸くする。
「なぁに暗い顔してんだよ遊星。どうした? 腹でも痛いのか? 悩みがあるならリーダーに言ってみろよ。聞くくらいは出来るぜ? 解決できるかは保証出来ないけどな」
鬼柳は笑顔で頭を撫で続けた。
違う。違うだろ。悩みがあるのはお前の方なんじゃないのか?
「…………」
言葉に出せなかった。言えなかった。鬼柳は同じラインにいない。もっと上に、前に立つ人間だったから。
強く認識すればするほど、優しくされればされるほど、胸が引き千切れそうになる。
何故同じ目線で話せる立場になれなかったのだろう。何故自分はこんなにちっぽけな存在なのだろう。
いつか、きっと追いついて鬼柳を救ってやろう……強く強く思った。
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街の復興は順調に進み、街として支障が無い状態になっているようだ。高原から遠巻きに街を眺め、そう感じた。
「ここまで持ってこれたのも……遊星、お前のおかげだ……本当に、お前には助けられてばかりだな」
そよ風に長髪を遊ばれながら、鬼柳は微笑を浮かべ街を眺めていた。あれから、長い時間とさまざまな事柄を乗り越えてきた。あの時からは何もかもが変わってしまったように思えるが。
「……オレなんか軽々乗り越えて……お前はずいぶん上へといっちまったんだな」
「っそんなことはない! オレは……」
どんなに走っても飛んでも、あの時いた鬼柳の位置に到達したとは思えない。どんなに人の心を受け止めようと、どんなに人を救おうと、あの頃助けられていた鬼柳に到達することは出来なかった。
「遊星―。暗い顔してんじゃねぇよ。空はこんなに晴れ渡ってるんだぜ」
鬼柳に頭を撫でられた。笑顔で、あやされるように。
やっぱり、どんなに鬼柳に手を延ばしたって、まだまだ鬼柳に届かない。
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