seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■喧嘩期間


ジャックと喧嘩した。理由は覚えていない。気付くと何かギクシャクしていて会いに行く事は無くなっていた。そもそもこれは喧嘩なのか。険悪状態が続いているのは間違いない。一方的なものかもしれないが、向こうからこちらにコンタクトを取る事もなかったのでどちらでも良い。
食欲も無いし眠くもならないので、建設が遅れている場所へ出向いて力を貸したり、人手が少ない所を手助けしたりして毎日を過ごしていた。極限まできたら身体が勝手に睡眠を求める。そうなったら少し寝た。繰り返し。
正直、何日そんな生活を送っていたかは覚えていない。ある日ニコが眉を吊り上げながら現場にやってきて引っ張るように家に連れ戻された。

「鬼柳さん……ちゃんと食事は取っていますか?」
「……それなりに」

台所に立ってニコがコンロに火をかける。睡眠同様に、気が向いたら腹に食べ物を与えていた。味なんてあるのかないのか良く分からなかった。

「睡眠はちゃんと取っていますか?」
「…………それなりに」

ダンッ!と必要以上に力を込めてニコは温め直したポトフを目の前に置いた。すごいな、こんなに揺れているのに中身はこぼれない……ぼんやり思う。

「ニコ、怒ってるか?」
「知りません! 食べたらちゃんと寝てください!」

声を軽く荒げたニコはぷいと顔を背けると台所から出て行った。怒ってる。あれは完全に怒ってる。
一応、申し訳ないのでポトフを口に運んだ。

「…………」

やっぱり食べた気がしない。腹も減らない食べた気もしないでは食事を取る事すら意味の無い事のように思えた。それでも食べろと言われたので完食はしておく事にする。
皿を流し台に置き水道の蛇口を捻る。そして何気なく顔を上げた。窓に自分の顔が映りこむ。

「うっわ……なんだこりゃ……ひでぇな」

思わず目の下を擦る。変化はなかった。くっきりと目の下に出来ているクマ。なるほど、傍から見ればちゃんと寝てくださいと声を荒げるかもしれない。自覚して体調が悪いという事は無いのだが。何よりも眠くない。
ここでまた外に出たらニコが怒るだろうな……どうしたものか。考えていると、まさにニコが台所へ戻ってきた。

「ニ、ニコ……! 別にまた外出しようなんて思ってなかったからな……?」
「…………………リビングに来てください」

言いたい事をぐっと押さえ込んでニコはそれだけ告げると半眼のまま台所を後にした。

「……リビング?」

まさかの選択肢だ。てっきり寝室に引っ張られるかと思ったが。
いまいちニコの考えが読めないまま、リビングへ足を運ぶ。もしかして説教か。説教でもされるのか年下に……そんな事を考えてながらリビングに入る。そこにニコの姿は無かった。ニコの姿は。

「鬼柳」
「な……っ! 遊星!? お前なんで……っ」

リビングに見えたのは遊星の姿だった。遊星はこちらの姿を確認すると眉間に皺を寄せた。ああ、そうだ。ただでさえ心配性の遊星が今の顔見たらそんな顔になるだろうな。

「……鬼柳」
「大丈夫だって。これだろ? 見た目は酷いけどオレ自身なんとも無いから、な?」

先手必勝。クマを指差しながら笑顔を作った。若干引きつった笑みになってしまったかもしれない。遊星はさらに眉間の皺を深くすると口を開く。

「ジャックと何かあったんだろ?」
「! ……ああ、そう……そう言う事な。それか……お前馬鹿だよ……当人たちが放置してる事に首を突っ込んでくるなんて」

突然訪問してきたから何事かと思えば……こっちでニコに怒られたのと同じように、きっと向こうでも何か揉めたのだろう。それでわざわざ遊星が出てきて様子を見に来た。ジャックは動かなかったのだろう。どっちが何を言ったかもわからないのでどちらに非があるのかなんてわかるわけがないが、両者寄り合う事はしなかった。それを見兼ねた遊星が動いた。何だか申し訳ない。

「きっとジャックが何かお前に言ったんだろう?」
「いや、もう正直忘れちまったよ……なんか気付いたらこうなってた。どうにも動けなくて放置してた……そんな感じ」

そう。もう怒ってなどいないし何に謝ればいいのかわからなかった。そのくらいきっかけは曖昧なのに気まずさだけが残っていた。会いに行った所で何を言えばいいのか。そもそも会ってくれるのか。
遊星は様子を見るようにこちらを見ていたが、ゆっくり立ち上がった。

「鬼柳、少し待っててくれ」
「? ああ……」

待つも何も自分の家だ……とは言わずに静かに遊星が出て行ったリビングの入口を見続ける。玄関の扉が開き、そして閉じる音がした。それから数十秒。再び玄関の扉が開き、そして閉じる音がする。出て行く時は静かだった遊星だが、戻る時は騒がしい……と、言うかこの声は。

「遊星! 貴様謀ったな!」
「別に謀ってはいない。気が変わっただけだ」
「嘘をつけ! 最初からこうするつもり…………クッ」

部屋に入ってきた人物と目が合う。遊星ではない。遊星はその人物を一歩前に出させると、こちらにアイコンタクトを送った後、リビングから遠ざかった。
リビングに二人きり……喧嘩中の当人と。

「ジャック……お前も来てたのか」
「遊星が無理矢理引っ張ってきた」

不機嫌顔でジャックはそっぽを向いた。大方遊星に「ついてくるだけで良い。鬼柳に会えとは言わない」とでも言われて同行したのだろう。
しかし、結果はこれだ。

「まんまと遊星に嵌められたな」
「…………貴様その顔は何だ」

やはりと言うべきか、ジャックにまで突っ込まれた。何て説明するべきか。不規則な生活をしていたらこうなった。それが事実だが……そもそも不規則な生活をしだした原因は? 相当……険悪になってしまった事を自分が思っている以上に気にしていたようだ……苦笑する。

「お前のせいかもな」

冗談を言う口調で言ったつもりだったのだが。

「……オレのせいか」
「は?」

思わず目を点にした。ジャックは俯きながら多少責任を感じているようにそう呟いたのだ。
てっきり「人のせいにするな貴様が規則正しい生活を送らないせいだろう!」と怒鳴られるかと思ったのに。
こちらがすっかり生活のリズムを崩している間に、ジャックの方も何かしら崩れているようだ。

「あーあーあー……もうやめようぜこんなの……修正、出来るよな?」

頭を掻きながら盛大に溜息を付いた。何だろうか。あんなに会うのが憂鬱だったのに、いざ会ってしまえば今まで何が険悪だったのかすら薄れてくる。ジャックに手を差し出した。

「……お前が望むなら出来るだろう」

差し出した手をジャックが握る。久しぶりに触れたジャックの手。安心出来る体温。

「ふ……ククッ……おかしいのな……さっきまで全然眠くなかったのに何か急に眠くなってきた。お前何かα波みたいの出てるのか? 絶対出てるからもう少し居ろよ……オレが寝るまで」

ジャックに抱き付く。長い間こうする事が出来なかった気がする……体重を預けると目蓋が重くなった。

「ふん……その様子でその条件では長居出来そうにないな」

小さく溜息を付きながらジャックはぼやくと、優しく抱き返してくれた。




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