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■柱
最近鬼柳の訪問がなくなったのは気のせいではない。何をきっかけに、ではなく徐々に減って行きめっきり顔を出さなくなった。
来る、とも来いとも言っていないので訪問が無いことを特別気にすることはないのだが、特にすることがないと玄関の方を見て考えてしまう。
「っつーかよぉ……そんなに気になるならお前からいけばいいじゃねぇか」
「誰がいつ最近鬼柳の訪問がないから気になるなどと言った!」
「お前が今言った」
人の顔を指差しながらクロウは言う。それが無礼な事とは微塵にも思わない態度だ。考えていた事が見透かされた相乗効果で余計に腹が立つ。
「何故オレがあんな場所まで出向かねばならんのだ!」
「ジャック、実はオレも鬼柳の事が気になっていた」
クロウとの茶番劇に遊星が割ってきた。Dホイールの調整を施していたと思ったが一段落ついたのだろうか。
「時間を見つけて鬼柳の元に向かおうと思っていた。だがジャックが行ってくれるならそれに越したことは無い」
遊星は真っ直ぐ過ぎるほどの視線をぶつけながら静かに話す。この瞳には弱い……
「く、何故オレが……」
「だぁぁめんどくせぇなぁ! 気になってるなら確かめて来いよ! うじうじうじうじ鬱陶しい!」
言っていることは同じだが遊星とクロウのこの温度差はなんだろうか。遊星の言葉には頷きたくなるがクロウの言葉には反発したくなる。
だが、そもそもクロウは言葉だけでねじ伏せる気は無かったらしい……実力行使に出てきた。
「はいはいちゃっちゃと用意しろ。いいか? 鬼柳の様子を見てくるまで帰ってくんなよ!」
Dホイールの前まで無理やり引っ張られヘルメットを投げつけられる。屈辱。遊星に視線を移す。やはりこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「頼んだぞ、ジャック」
「クッ……いけばいいのだろういけば!」
こんな事になってしまったのも鬼柳のせいだ。
さっさと会いに行って文句を言ってやる。
**********
何度来ても寂れた土地だ。好んで足を運びたくは無い。何も無い荒地を走り続けると、ようやく街は見えてきた。
普段暮らす場所と比較するのが申し訳ないほどの場所だ。だが、この街の復旧前を目の当たりにした事があるので、復旧の進み具合は素直に安心できる。
街に足を踏み入れた所で重要な事に気づいた。
「……」
鬼柳がこの街にいる。そこまでの情報はある。だがこの街のどこに鬼柳がいるのか、鬼柳が何をしているのか……さっぱりわからなかった。探しようがない。いくら小さな街とはいえ虱潰しに探すわけにもいくまい。どうしたものか。
「あの……ジャックさん、ですよね……?」
「何だ貴様は」
鬼柳以外に知り合いなどいるはずもないこの街で声をかけられた。目線を下げると声の主はまだ子供。
「鬼柳さんへ会いにきたんですよね? 今は家にいるはずです。どうぞおあがりください」
声を掛けてきた子供は微笑を浮かべた。鬼柳の名前を出されてふと思えば、この子供は確か鬼柳と一緒にいた子供……のような気がする。
「案内してもらおうか」
一切あてが無いのでその子供についていく。案内された先は一軒家だった。子供は玄関の鍵をあけると、一歩横にずれる。
「どうぞおあがりください。私はちょっと用事の最中でしたので……」
失礼します、と会釈をして子供は来た道を戻っていった。その用事の最中にたまたま発見して声をかけたのか。運が良かった。
遠慮などは一切せず、堂々と家の中に入る。とりあえずリビングらしき部屋に入ると、早々に鬼柳を発見した。
「…………」
ソファでうつ伏せになり、力なく腕をだらりと床に垂らしている。青白い肌で微動だにせず……寝ている、のだろうか。不安に駆られ床に垂れている手に触れると体温があった。手首に触れると脈があった。冷静になってみると小さく寝息が聞こえる。
「寝るときくらい普通にできんのかこいつは……」
「んー……」
鬼柳が鼻に掛かった、けだるそうな声を出す。起きたのかと思ったが再び寝息が聞こえる。
そして、何故か脈のくだりで掴みっぱなしだった手を離したところ逆に掴まれた。再度、起きているのではないかと思ったが、やはり寝息が聞こえている。
鬼柳は手を掴んだまま放さなかった。
「一体何だこれは……」
近況も聞けない、文句も言えない。身動きも取れない。出来るのはこの部屋か鬼柳を見ることくらいだ。
十秒すら長く感じるこの状態、一体どれくらいの時間が経っただろうか。もしかしたら五分程度しか経っていないのかもしれないしもう三十分経過していたのかもしれない。
「ん、ぅ……」
「起きたか?」
目蓋を開けた鬼柳の瞳は焦点があっておらず、まだ目が覚めていない様子だ。その瞳でぼーっとこちらの姿を見ていた。脳はまだ寝ているようだ。
「じゃっく……」
「ようやく起きたか。お前には言いたい事が沢山……っ!」
とりあえず言いたい事の中から文句部分をピックアップして話そうとした所で、ゆっくり起き上がった鬼柳に突然抱きつかれた。一体何事だ。
「ジャック……オレもうだめだ…………」
「何だ。何かあったのか?」
今まで考えていなかったが、訪問回数が減った原因に病気の線が頭を過ぎり、眉を顰めた。
「一人だと……ぐらぐらして……支えが……お前達の事…………………え? え……はぁ!?」
鬼柳は回してきていた手でこちらの身体を確認するように何度か触れると、はじけるように飛び起きてソファに背中をぶつけた。
「ジャ、ジャック!? な、何でお前こんなところにいんだよ!」
どうやらようやく目が覚めたようだ。先ほどまで重たそうだった目蓋は存在を感じさせないほど目を見開いている。
「いては悪いのか。それより途中で話を終わらせるな続きを話せ」
「え、あ……違う違う、なんでもない……あれ間違い。勘違い。人違い」
動揺しながら鬼柳は大きく首を横に振った。意識が曖昧だった自分が起こした行動が気のせいだと自分に言い聞かせているようにも見える。
「人違いなわけがあるか。はっきり名を呼んでいたではないか。言え。そもそもオレはお前が顔を出さなくなったからわざわざ出向く羽目になったのだ。お前には話す義務がある!」
「え……何、もしかしてオレ心配されてた?」
見ての通り元気なんだけど……とバツが悪そうに鬼柳は目を泳がす。話を逸らす為の道を模索しているかのように。
だがそうはさせない。
「当然だ。お前は放っておくと何を仕出かすかわからないからな」
「……そう、か……やっぱオレだめだな……」
鬼柳は力なくソファに横たわった。こうしてしっかり起きている状態でも死人と錯覚する肌の白さ。前々からだったが……悪化していないか?
こちらの疑問をヨソに、鬼柳は覚悟を決めたように話し出す。
「何かさ……お前達に会うとどうしても寄りかかりたくなっちまうから意図的に合わないようにしてたんだ」
「寄りかかりたいなら寄りかかればいいだろう。何を遠慮しているのだ」
「……なんでお前らはオレを甘やかすかな……」
鬼柳はソファの背もたれに顔を合せるように寝返りを打つ。向けられた背中に言葉を落す。
「甘やかしているつもりはない。お前の勝手な解釈ではないか」
「まぁ……そうなのかもなー……多分、お前らに頼ろうとしちまう自分自身が嫌なだけだ……弱っちい奴だなって、哀れに思って仕方ない…………とか話してる自分自身も嫌になっちまうんだよ……あーあ、お前夢だと思ったのに」
背中を丸め、さっきの事を思い出したのか鬼柳は頭をかかえた。人違いとは夢と現実の違いだったのか。
「夢のオレには抱きついて、現実のオレに背を向けるのかお前は」
「……それは……あれだ。気の迷い」
ちらりとこちらを見ると、再び鬼柳はソファの背もたれと友達になった。
「面倒な奴だな……うじうじうじうじと鬱陶しい……!」
どこかで聞いた事があるような台詞を言いながら鬼柳を強制的にこちらへ向かせた。鬼柳は驚きと怯えが入り混じった表情をみせる。
「お前のしたいようにすればいいだろう! それが迷惑ならはっきり言い放つ! 否定したい事ははっきり否定する! 離れるのはオレが拒絶してからにしろ!」
「……なんだよそれ……すげぇかっこいい……」
鬼柳は上半身を起こして伏し目がちに溜息をついた。
「……何かすげぇ泣きそう」
「泣けばいいだろう」
「ぜってー泣かねぇよ……お前の思う壺になっちまうからな」
鬼柳は口元だけ笑って見せた。その笑みは鬼柳が自身を追いやっているようであまり好きではない……面倒だ。遊星のように言葉で伝えるのが無理ならばクロウのように無理矢理行動を起こすしかない。
ぎこちない笑顔の鬼柳を強引に抱き寄せた。
「お、おいジャック……っ」
「黙れ疫病神。自分で自分を追い詰める馬鹿の言葉はもう聞かん」
硬直しながら、動揺する鬼柳だったが、やがて力を抜いて抱き返してきた。
「何でお前そんな無駄にかっこいいんだ? 女だったら危うく惚れてたぜ……」
「オレは思った事を口にしているだけだ」
「……そっか……そりゃかっこいいはずだよな……」
鬼柳は身体を離すと、微笑を見せてきた。
その顔からは、ようやく自嘲が消えていた。
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