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■銃口から飛び出すもの
訪問者がチャイムを鳴らしている事に気が付いたのは、恐らくその訪問者が何度もチャイムを押した後だった。
恐らく、と曖昧にしか言い表わせないのはプログラムに少し修正を加えはじめたら改良出来る場所が次から次へと目に止まり、聴力が飾りになるほどキーボードを叩く事に集中していた為。
「た、大変だ…!」
慌てて玄関へと駆ける。今日、他の皆は出払っていていない。いくら機械とデュエルしか取り柄がないからと言ってロクに留守番も出来ないようでは流石に……
「今出ます!」
早さを重視した雑な動作で扉を開く。訪問者は見覚えの無い人物だった。
その人物は観察するようにこちらへ色の薄い瞳を向けていた。無表情だったが恐いと感じる無表情ではない。表情筋は柔らかそうで、ここから色々な表情へ変化していくのだろうな……そう感じさせる顔。
「えっと……どちら様でしょうか」
「…………新聞の勧誘? かもな」
新聞どころか何も持っていない訪問者は言った。勧誘やセールスをしに来た風貌でも態度でもない。
「なあ、初対面で申し訳ないけど中に入れてもらっていいか?」
首を小さく傾けて訊ねる訪問者に敵意は一切感じられず、悪い人にも思えない。だからといって知らない人を家にあげるのは常識はずれなのはわかっている。わかっていたが。
「どうぞ……」
「どーも」
招き入れてしまったのはその人から放っておけないような何かを感じ取ったからかもしれない。あと、きっと遊星かジャックかクロウ……または三人全員の知り合いだろうと何となく理解できたから。
とりあえず部屋まで招いたものの、その先どうすれば良いのやら。とりあえずお茶でも出そうかとティーポットを探したが見当たらず、出さないよりマシかとティーパックでいれた紅茶を差し出した。ちなみにティーカップも見当たらなかったのでマグカップだ。
「気ィ使わなくていいのに」
「そういうわけにも……」
訪問者はマグカップを両手で持ちながら紅茶を口に運ぶが、唇が触れたところで「熱っ」と顔を歪めテーブルにマグカップを置いた。猫舌なのだろうか。
この訪問者はきっとこちらの事を知っている。遊星達から何かしらの話は聞いていたのかもしれない。ならば逆に、この訪問者、もしかして遊星達との過去の会話に登場したことが……
「あんた、記憶喪失なんだよな?」
想定していた事は正解だった。訪問者は微笑を浮かべて質問してくる。
「ああ、うん……まあ……」
「思い出したいと思うか?」
「え? まあ……気になるかなぁ」
そんなことを問われるとは思わず、曖昧な返答をしてしまう。そこまで深く考えた事はなかったし、不自由に思ったことも無い。ただ確かに、自分が何者だったのかと言われれば他人事のように気になる。
訪問者は右手を拳銃に見立て、親指と人差指を立てた状態で、自分の米噛みに人差し指……銃口に当たる部分を押し付けていた。自嘲にも取れる薄い笑みを浮かべながら。
「失われた記憶はロシアンルーレットだ。忘れてたほうが幸せで、どうして思い出したのか悔やんで、絶望して、更なる悲劇を生む……そんなことだってある。あんたの記憶も…………弾丸入りかもしれないな」
右手の拳銃をこちらに向けて、小さく弾丸を打ち込むようなジェスチャーをした後、訪問者は手を下ろした。訪問者は……いや、この人物……過去の遊星たちとの会話から思い当たる名前があった。
「でも、忘れているとはいえ、その記憶も自分の一部だからね。どんなに絶望する記憶だったとしても、再び希望を見出せばいい……君はそうだったんじゃないかな、鬼柳京介」
「!」
訪問者は目を丸くして驚く。その後半眼で口元だけ笑って見せている……どうやら正解だったようだ。
「へぇ……遊星たちが話したのか? どうしようもない人間で迷惑掛けられて最低だったーとか」
「そんなことはない!」
バンッ!と聞こえてきた音は他人事のように耳に入る。訪問者が驚きで目を見開いているのを見て、自分がテーブルに両手を着きながら声を荒げていた事に気づく。ハッとなってしどろもどろになる。
「え、えっと……いや、その……遊星達は君の事を本当に頼れる、尊敬できるリーダーだったって、とても大切な仲間であり友だって、すごく熱意ある話し振りをしていたよ……だから、つい感情移入しちゃって……」
遊星達が話しているうちに、自分の中で「鬼柳京介」像が出来上がってしまったようだ。侮辱されてとっさに反論してしまった……本人だというのに。
「……馬鹿だな、あいつらも……こんなに迷惑かけたのに……苦しめたのに」
「君だって遊星たちを救ったんだよ、京介。君は……ん? 何?」
話の途中で、京介は恥ずかしそうな表情を押し隠すように無理矢理不機嫌顔を作り、半眼でこちらを見つめながら上を指差した。思わず天井を見てしまう。
「そうじゃなくて……名前、呼ばれなれねぇから上の名前にしてくれないか?」
不機嫌顔を作ってはいるが、頬が赤いのは隠しきれていない。
「え? いい名前じゃないか京介って」
「だからその……な、なれねぇ……」
今度は京介がしどろもどろになる番だった。本気で照れているのがわかる。
「京介」
「だからっ……もう帰る!」
もはや顔を真っ赤にして京介は立ち上がった。本気で帰るつもりなのか、玄関へ向かいすたすたと歩く。そんな背中に声をかける。
「京介」
「だからやめろって……」
「また遊びに来るよね」
振り返った京介に笑みを投げかける。視線をいったりきたりさせて結論を導き出すと、京介は小さく呟いた。
「……考えとく」
「約束したからね」
何を話したわけでもない。時間も短い間だった。
それでも、鬼柳京介を強く知る日になったのは間違いない。
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