seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■その名を、永久に

これは久しくなかった事柄。一度大きく血液を送り込んだ後体温が急激に下がっていくのを感じる。
ありえてはいけない事に不思議と恐怖は無い。普段かたくなに拒絶している類の出来事に……不快感は無い。
ここであげるべき、発すべき声は疑問、質問……だが、震える唇から発した言葉は自分のそんな意思とは関係の無い言葉だった。

「あれほど……不法侵入に関しては警告を鳴らしていただろう……」
「ああ、そうだったな。あんまり昔の事なんで忘れちまった。それに…………今日ばかりは硬いこと抜きで行こうぜ? せっかく月もキレーに光ってくれてるんだからよ」

不法侵入者は慣れた足取りで窓から部屋の奥へと移動し、時計を凝視した。正確には、同じ場所をずっと回り続ける三本の針で一番速度の速いもの。

「三、二、一……ハッピーバースディ、海馬瀬人サマ」

パンッ、と小さく鳴るクラッカーの音。振り向きざまに侵入者が鳴らしたものだ。

「まあ……これ一つが限界だったな。プレゼントらしきもんは全然用意出来てねぇや」

律儀に床へと舞い落ちたクラッカーの紙ふぶきを拾い上げながら言う。らしかぬ、と思わせるほど丁寧にその作業は行われていた。
心拍数は下がらない。それでも、体温が上がる感覚は無い……違和感。この部屋も、自分自身も……違和感に包まれていた。
それでも、その違和感を口に出さないのは何故か。それはこの違和感が……少しでも長く続いて欲しいと感じてしまったからだ。
ただの不法侵入者だ。追い出せばいい。二度と目の前に現れるなと一喝すればいい。だがそれが出来ない。確実にこの男が自分の中で『ただの不法侵入者』ではなくなっている証だった。
……今更だ。

「なぁ瀬人……奇跡って信じるか?」

いつの間にか窓際へと移動し、侵入者は月を眺めながら言った。

「…………薄々、奇跡とやらを体験している」

横顔を眺めながら言うと、その横顔は表情を変えた。幼少からあらゆる知識を身につけてはきたが、この表情を言葉で表す事が出来ない。一応微笑には属しているはずだが、それだけではしっくり来ない。

「ご自分の誕生日に奇跡が起こる気分はどうですか? 瀬人サマ」

月から目を離し、視線をこちらに向ける侵入者。人間離れしたオーラを放っている……そんな表現をする自分をらしくないと思いつつ。

「……悪くない」
「ヒャハハ! そりゃ良かった。じゃ、オレ様はこれで失礼するぜ」

侵入者は窓を開いた。冬の訪れを感じさせる冷たい空気が部屋へ流れ込む。
引き止める言葉も、背中を押す言葉も出てこない。
それでも、何か言葉をかけたいと思った。その、今現在確かに存在している人物に……何か言葉をかけたかった。

「……バクラ」

その名を呼ぶと、侵入者はぴたりと動きを一瞬止めて、口を開いた。

「…………あんたは死ぬまで……来世まで、その言葉を覚えていてくれるか? 『セト』」

小さな高笑いと共に侵入者は闇に紛れて消えていった。
部屋には何も残っていない。侵入された形跡はクラッカーの紙ふぶき一つすら残っていない。
ただ聞こえた気がした。

『忘れかけたら思い出させてやるよ。現世でも……来世でもな』

これは、「バクラ」が消滅してから数年後の話だ。



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