seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■均衡

社内巡廻を終えて社長室のドアを開くと、まず真っ先に目に入って来たのは普段縁の無いスーパーのレジ袋だった。
乳白にスーパーのロゴが緑の一色刷りされているその袋から覗くのは、さまざまな緑黄色野菜とトレーとラップに挟まれたチルド品。来客用テーブルに無造作に置かれている。
目をそらせば案の定、不審者はいた。部屋の隅で缶コーヒーをにぎり締めている。

「帰れ」
「開口一番に寒風をどうも。知ってるか社長様……外は寒い」

至極当然の事を真顔で言う自称元盗賊はホッカイロ代わりにしている缶コーヒーを手の甲に当てたり持ち替えたりと慌しい。反面手以外は微動もしない。ようやく動かした唇も寒さに震えている。一応、この部屋は暖房が入っているのだが。

「っつーか何で中途半端なんだよ室温……海馬コーポレーションはECOに力をいれています!ってかぁ?地球に優しい会社を目指しますってかぁ?外は極寒だが地球温暖化の件はどうなったんでしょうかねぇ社長様よぉ!」
「吠えるな騒がしい。文句があるなら帰って暖を取れ」

捨てられた子犬ならばまだ可愛げがあった。勝手に外に出た奴が勝手に侵入して勝手に文句を言っている様子に誰が同情出来るだろうか。ある意味では同情できるかもしれないが。
犬未満の生き物はねこじゃらしに飛びつくが如く勢い良く飛びついてきた。猫と呼ぶには煩さの度が過ぎる。

「鍋が食いたかったら材料買いに行ったら寒くてよぉ。行きは日が出てたのにあっと言う間に夕方だ……あー、せと様あったかい」

胸に顔を埋める形で抱きついてきたので、目線を下げれば視界に広がるのは冷え切っていそうな寒色の髪だ。気になったので実際に触れてみた。別に何という事はない常温の……

「っ!!」
「?」

ビクリと身体をはねたと思ったら、直後勢い良くバクラは顔を上げた。

「い、今……えっと……何を?」

しどろもどろに言いながら目線は泳いでいる。意表を突かれて動揺している様……珍しい。普段は複数の選択肢をストックし、多少想定外でも微修正を施しすぐ に対応してくる。つまり微修正ではどうにもならない事があったという事だろう。しかし何があった?直前にやった行動と言えば髪に触れたことくらいでそこま で驚く事は…………ないと思ったが……先の行動、思い返せば『頭を撫でる』行為に似てなくもない。

「ほほう?」

含み笑いを浮かべれば警戒するようにバクラは身体を強張らせた。これは面白い。

「特別な事は何一つしていないが?」
「そ、そうだよな……悪いちょっと勘違い……っ!!!え、あ……の……」

今度は狙って『頭を撫でる』動作をしてみた。すると完全に硬直して困惑の視線を右へ左へ動かしている。
やはり正解だったか。しかし疑問が残る。

「おかしな奴だな。普段うんざりするほどくっついてくるのに、こちらから動かれるのは嫌か」
「い、嫌とかじゃくてだな…むしろ………」

口を紡いで言葉を選び出す。

「……抱きついて蹴られて抱きついての不毛な繰り返しが可も無く不可も無くなんじゃねぇのか、ってな…」

目線を合わせず、話を少しずらしてバクラは頭を掻いた。どうでもいい話はやめろと言ってもするのに本心は語りたがらない。

「ふん」
「!痛っ…い、いきなり何しやがる」
「お望み通り蹴りを与えてやっただけだ」

深く追求するつもりはない。聞き出したところで何の利益にもならない。むしろマイナスになる言葉が飛び出す可能性の方が高い。オーバーリアクションで痛がるバクラに言葉を投げた。

「求めるなら求めろ、求めないなら求めるな」

また、選択肢に無かった言葉のようで目を丸くする。しかし、今度は軌道修正に成功したらしい。いつもの、余裕溢れる含み笑いを作り上げた。

「悪いな、オレ様は欲張りなんだ」
「面倒だな」

バクラに背を向けると記憶から消えていたスーパーの袋が目に入る。
こんな常温で放置しても良い食材だらけなのだろうか……いらぬ心配だが思考がそちらに移る。

「瀬人」
「何だ……──っ」

油断していた。
振り向いた瞬間、相手の顔も確認しないまま伝わってきたのは相手の体温。伝えてきたのは唇。
唇に唇を重ねられているのだと理解した頃にバクラはゆっくり離れてこちらの顔を覗き込んで言う。

「奪っちゃった」
「っ……」

思いっきり腹に鉄拳を食らわしてやった。さっきの蹴りとは裏腹にリアルなリアクションで痛がり蹲った。自業自得だ。

「帰れ」
「あー……はいはい…帰りますよ………なぁ、社長」

目だけで続きを促す。バクラは理解し唇の片端をつり上げた。

「二択ならな、やっぱ前者を選ぶわ」
「……勝手にしろ」

もう何も話すことは無い…そう背中に書くとバクラは軽い別れの挨拶を告げて静かに出て行った。部屋のあらゆる音を引き連れて出て行ったと錯覚するほど部屋に静寂が訪れる。

「前者、か…」

もしかしたら要らぬ助言をしたのかもしれない…手で口元を押さえた。今まで以上に厄介な行動をしてきたら一体……

軽はずみな言葉に溜息をついた後、テーブルの上に残されたスーパーの袋を発見し、さらに大きな溜息をついた。



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