■サブイベント

パーティーと言う響きだけ聞けば華やかで心躍っても良いものだが、実態はどろどろしたものが蠢く汚い大人の集まりでしかない。
正直こんな空気の淀んだ場所に居たくはないのだが、立場は「汚い大人」の部類に属していなければならない。「喜んで」上面だけの上機嫌で参加した。
一回りも二回りも歳の離れた人生の先輩方々が媚を売ってくる様は滑稽で愛想笑いも脱力する。人としてのプライドを捨てて、会社へ貢献する姿なのだと敬意を払うのが正解なのかはわからない。
そのような人種を扱うのは簡単で退屈だ。そして扱うのが難しく退屈しない人種もいる。年齢で判断し、その一点で見下し、『潰し』にかかってくる人種だ。こちらの人種を相手にしている方が幾分楽しめた。
いかに一杯食わしてやるか手段を考え撃沈させ、先に語った退屈な人種に変えてしまうか更なる作戦を立てて挑んでくるのを待ち構えるか……シミュレーションだけで唇の端が上がる。これはゲームに近い。
しかし今日は不作だった。手ごたえのある敵は現れず。同盟を組むにも足らない人間ばかり。大してギブする物もないのにテイクを求めるくだらない人種ばかり。
あまりに退屈で壁際の人気の少ないテーブルで人を寄せ付けないオーラを放った。何度体験してもなじめない場所と窮屈な正装。息苦しい。

「退屈そうですねぇ社長様よォ。良い商談は舞い込んできませんでしたかぁ？」

突然背後から掛けられる声。

「……！」

台詞だけ聞けば、門前払いしたくなるつまらない人種がつまらない会話を始めようとしているといった所だろう。だが、この声は聞き覚えがあり、この場所で聞くようなものではない……いや、いてはならない。しかし振り返ればそこにいたのは予想通り、いてはならない人物だった。

「貴様、何故居る……」
「天下の海馬コーポレーションが誇るセキュリティを突破出来るこのオレ様が、この程度の立食パーティーに進入できないとでもお思いですかぁ？」

良く知った顔。見慣れない服。この場には溶け込んでいる黒いスーツに白いシャツ。首元にネクタイはなく、第一ボタンは解放されていた。
薄い色の長髪を一本に結い、一見では大企業の子息に見えなくはない。含みのある笑みは社を代表するものとして好感が持てるものでは到底ないものだが。

「訊いているのは進入の目的だ。まさか所構わず侵入なんてものが貴様の趣味ではあるまいな」
「まさか。オレ様の趣味はあんただぜ瀬人様」

悪趣味だな……呟きながら周囲にも視線を動かすと、やはりと言うか当然と言うか……見知らぬ男が人を寄せ付けないオーラをものともせずに近づいていって難 なく会話を成立させている。注目されないはずはない。気にしない風を装った人間がこちらをちらちらと観察している……面倒な奴らだ。

「いつもと服装が違うよなぁ。たまに見るあんたの正装もなかなかそそるぜ」

バクラは取り出したビンを二つのグラスに注いでいく。深い紫色の液体が音を立てて空気に触れる。ラベルを見れば葡萄ジュースのようだ。アルコールは入って いない。妙な気の使い方だ。付き合いで酒を避けられない場合はあるが、今日は空気が悪い。陰気な連中が「未成年なのに酒を飲んでいた」などと餌をまけばす ぐ食いつく業種もいるだろう。
しかし自分の服装を棚に上げてよくも抜け抜けと発言しだすものだ……

「その言葉そっくり返してやる」
「え？オレ様の正装にそそる……」

下手に手を出せないので回りに見られないように睨み付けた。殴ったくらいの衝撃が与えられるように。
バクラは一瞬つまらなそうな顔をしたがすぐに表情を戻す。そしてまた含み笑いをしながらしなやかな手つきでワイングラスを差し出してきた。

「本日のファースト乾杯はすでにお済でしょうがお付き合い願えませんか？」
「ふん……」

周囲のつまらない人種の反応が面白い。こんなパーティー攻略の仕方は今までしたことがなかった。ワイングラスを受け取る。

「たまにはサブイベントで本筋から外れるのも一興、か……」
「ああ、楽しいぜ？たまに本筋忘れて寄り道もな……」

バクラは持っているグラスを軽く傾けた。きっとバクラの言う寄り道とは今現在だったり普段の不法侵入だったりするのだろう。本筋は恐らく……こちらに関係のないオカルト話。
「たまには同意する意見も言えるのだな」
「同意するしないは社長様のご機嫌次第なのではありませんかぁ？」
「……さぁな」

グラスが小さくぶつかり上品な音が鳴る。勝手にうまい契約でも交わしたと勘違いしている周囲の人間を見ながら、勝利の余韻と葡萄ジュースを流し込んだ。