■命日記念日
「先日は誕生日だったと聞いた」
それは誰が話していたかも覚えていない記憶だった。久方ぶりに登校した時にきいたのか、誰かから伝え聞いたのかも覚えていない。ただ今月頭に獏良が誕生日だったという記憶だけが残っていた。
何故いきなりそのような話をしたかといえばただ思い出しただけであり、他意は無い。
向こうも一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの含み笑いに戻った。
「宿主か?確かに誕生日だったな」
しれっと言う。無言でバクラを見続けてやった。苦笑に変わった辺り言わんとしていることを理解してくれたの だろう。無駄な労力を使わずに済んだ。
「オレの誕生日と宿主の誕生日は別だ」
あまり口にしたくなさそうに。こちらが好まない話題であることを把握しているのだ。
「では貴様の方はいつが誕生日だというのだ」
貴様の方。二重人格の肯定。
「ほぉ?KCの代表取締役様自らが一般市民ごときの誕生日を知ってどうするおつもりですかぁ?」
大げさな身振り手振りで演技をしているかのように言う。ここは舞台上ではない……睨み付ければやっぱりバク ラは苦笑で聞きたい答えを話しはじめた。
「悪い悪い……まあぶっちゃけた話をすると、自分の誕生日がわからないっつー面白みもない話だ」
わからない?嘘だとは思えない口調だ。はぐらかしている様子はない。
眉を潜めるこちらをわかってか否かバクラは続ける。
「まあ見ようによっちゃあ宿主様の誕生日もオレの誕生日の一つかもしれないがな……オレが一つの存在であり続けるには、ちょっといろんなものが混ざりすぎた。これ、社長の嫌いなオカルト話な」
「……」
自嘲にも聞こえるその言葉。未だに『バクラ』を理解していない身には難解。
バクラもあまり触れたくない話題なのか、重点を自身から誕生日の方に移して話しはじめた。
「正直わかんねぇな…誕生日は大方『うまれてきてくれてありがとう』ってやつだからな…そんなこと思ってる やつもいないし自分の誕生日なんざ知らなくて不便はねぇよ」
自虐的なことをさらりと世間話のように言う。
「ふん…わからなくもない…」
だがその意見には賛成出来るところがある。誕生日などこの世に生を受けたというだけの日だ。大げさに祝うのは良く理解できない。
今までのが言われる側の意見。バクラは次に、言う側の感情を察したのか声のボリュームをあげて言う。
「はぁ?何いってやがんだ。てめぇを慕うやつがきいたら憤慨するぜぇ?」
オーバーアクションは健在だ。バクラは片手を顔の横まであげてゆっくり首を横に振った。
「貴様にも当てはまるとは思わないか?」
「思わないな」
即答だった。バクラは至極真顔で見つめてきた。……自分の話になるとこれだ。
「……つまらん奴だな」
「だろ?例えば突然消えても誰も気付かないんだよ、『つまらん奴』は……そうだ、消えた日…あんたには教えてやるよ。厄介者の命日、つまらん奴が消えた記念日で祝ってくれよ」
記念日で祝うという死者を冒涜する行為、誰が首を縦に振るだろうか。
ただ、バクラの顔は……心底それを望む表情で。
自分が消える事で人々の記憶からも消える……それを恐れるのか。そしてその事を心で拒絶している。なんと不器用な生き物だ。
「……考えておく」
「ヒャハ…楽しみだぜぇ」
『楽しみ』という単語とかけ離れた悲しい笑みが、ジリジリと脳に焼き付いた。
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