■患者
精密機械に関しては我が社の得意分野と自負する。その点に関してはジャンルを問わず幅広い方面に功績を残すよう動いている。
特に、医療機器などは少しの誤作動も許されない。このような方面で評価を貰えると他の者が見る目も違ってくるだろう。
上層部のやりとりだけではなく、実際の現場視察には元々興味があった。話を持ち出せば直ぐにその段取りで話が進んでいく。
そしてあっと言う間に総合病院の医療機器を視察する日程が決まった。スケジュールは全てこちらに合わせて来た。
視察は問題なく終了する。問題があっては困るのだが。
「本日はまことにありがとうございました。お帰りのお車は……」
「私用がある。見送りなら必要ない。ここで構わん」
適当に話を終わらせると得意先での仕事は終了。部下も先に帰し自由行動となる。
「……」
とある病室の手前まで来ると立ち止まる。扉は開かれているので中からも外からも互いの姿が確認出来ない位置。
若干の躊躇はある。だから入り口の前に常備されているアルコールが視界に入り、ポンプを押す。
いかにも『消毒の匂い』が少々鼻の奥を刺激する。手へ塗りこむと直ぐにアルコールは蒸発した。
扉の横には患者の名前が書かれている。この部屋には一人だけ。
「何を突っ立ってるんだ?社長よぉ」
「…………視察だ」
患者の名前は獏良了。しばらく学校に来ていない噂はきいていた。
『獏良了の姿に似ているソレ』は人の気配がしたのか廊下に顔を出した。初めて見るパジャマ姿。
「視察?あー、そういやどっかでKCってロゴを見かけたぜ?海馬コーポレーションっつーのも幅広くやってんのな……」
「貴様は何をしている」
「オレ様?オレ様は宿主の身代わりをやってる所だぜ。まるで本当の多重人格みたいな事やってるだろぉ?」
何が面白かったのかさっぱりわからないがバクラは喉で笑って見せた。心なしか覇気が無い。
「病名は?」
「さあ……興味ないから忘れたな。大したことはないぜ?退院の大まかな予定も立ってるしな……窓の外は向こうの病棟廊下が見えるだけだから『あの枯葉が散った時~』なんてのも出来ないからなぁ。暇なだけだ」
「……身代わりと言うからにはそれなりの何かがあるのだろう?」
表面でディフェンスするようなバクラの言葉に攻撃を仕掛ける。それでもバクラは自嘲気味の笑みを浮かべながらディフェンスを続けるのだ。 「クク……さぁなぁ……狂うような痛みも絶望的な死も……対面しすぎてマヒしちまったぜ」
「……」
オカルト話は基本的には好きではない。それでも……この痛々しい表情が偽りである訳がないのだ。そう確信できる。
「ふん……ようやく静かなオフィスが戻ったと思ったのだがな……今のうちにセキュリティを強化しておくか」
「おー?やっておくといいぜ。どんなトラップでも掻い潜るけどな」
「……邪魔をした」
一応、無事である姿を確認出来たので十分だと思いバクラに背を向ける。柄にもない行動をしてしまった。やはりあの後直ぐに直帰すべきだったか……そう思いながら歩き出そうとすると誰かに服の裾を掴まれた。
誰か?この場に二人しかいない。
「何だ」
「もう少しいろよ……流石に病院抜け出すと不味いからな。ここ出るまで……会えないと思ってた」
「……」
会いに来るのはいつも向こう。こちらはいつだって待つ側。それはずっと昔からそうだった気がする。出会って日が浅いはずなのに。
「……引き止めるだけの持て成しはあるのだろうな」
「任せろよ……瀬人様を持て成すのは趣味の領域だぜ」
振り返ると、嬉しそうな笑みを押し殺しきれていない中途半端な含み笑いをする顔があった。
……この表情だけでもここに足を運んだ甲斐があっただろう。待っているだけでは見れないもの。
『バクラ』を演じるバクラの本性を垣間見えた気がした。
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