■肴
「オレとお前と一升瓶」
意味不明な言葉と同時にドンッと机に響く音は比較的鈍く、入れ物の丈夫さを物語る。
品質を保護する為の褐色と運搬時の衝撃に耐える硬度。ラベルは白地でシンプルに黒一色の行書体。
中で揺れる液体は滑らかに水音を立てて波打つ。
正直、洗練されたオフィスには不釣合いの代物だった。
「……何の用だ」
「晩酌」
客席に座ると訪問者はどこからともなくグラスを引っ張りだしてきて持参した日本酒を注いだ。
「ここは会社だが、それを知っての発言か?」
「会社だろうが瀬人の家同然なんだから晩酌でいいだろう」
勝手に酒を呷っているこの男、どこから突っ込みを入れるべきか。未成年が酒を飲むな、会社で酒を飲むな、勝手に入ってくるな……これは今更か。
「つまみは瀬人様が用意してくれると信じて手ぶらでやってきました」
早くもグラスを空にし、再び酒を注ぎながらバクラは言う。ここまでくると突っ込むことすら億劫だ。
億劫であることを全面的に押し出した表情のまま、これもまた億劫であることをアピールするような手付きで戸棚を指さした。
おお、とバクラは立ち上がり嬉々と戸棚を開ける。
「こりゃ大層な」
「貰い物だ」
鼻歌交じりに鮭とばの袋を開くバクラをしばし観察する。もうこうなれば仕事どころではない。大人しくなるのを待つか、帰るのを待つか。
「火はねぇのか?」
「無い。そのまま食え」
拗ねた表情でバクラはソファに腰を下ろすと鮭とばにかじりつく。
見る見る表情を明るくし、鮭とばを頬張っている姿を見る限りお気に召したのだろう。
しかし。気まぐれでやってきて気まぐれでじゃれ付いて。嬉しそうに魚をくわえる……これは。
「猫……」
「あぁ?何か言ったか?」
ずいぶんと巨大な猫は元々肌が白いせいか既に顔が紅色に薄付いている。本当に聞こえなかったのか首をかしげて見せてきた。
「何も言っていない……空耳だろ」
「へぇ……なぁ、瀬人……」
瞬間移動でもしたのだろうかなんてオカルトめいた考えが浮かんでしまったのは悔しい。
しかしそれほどまでに突然バクラはこちらに接近し、音もなく唇を重ねてきた。鼻を掠めるアルコール臭と赤身魚の塩味。
「近寄るな酔っ払い」
「酔ってないぜぇ~……瀬人、愛してる」
今度はガッシリと抱きついてくる。本当に気まぐれで突発的な行動。口に出す言葉も思いつき。
「……貴様は気まぐれで行動する」
「んー?まあ……そうかもなぁ……でも心変わりしない事もある……」
今度は目を合わせてから。再びゆっくり唇を重ね掠める程度で離れていく。
「瀬人、愛してるぜ」
「……勝手に言っていろ」
早々その思いが変わることがなかったとしても、所詮傍に居続けるのは気まぐれの一種なのだから。
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