■かぼちゃのおかし
近年ハロウィンという西洋のイベントに便乗するようになった企業も多い。数年前であれば一般市民にはあまり馴染みの無いイベントで、10月なのか11月なのかも曖昧になる、そんな遠いイベントであったはずなのに。
街もハロウィン一色。食品業界は挙ってかぼちゃに関する期間限定品を売り出す。雑貨関連でもかぼちゃを筆頭に蝙蝠、魔女等西洋の妖怪をモチームにした紫、黒、オレンジの組み合わせを主とした商品を次々と生み出す。
玩具業界も勿論ハロウィンに関する商品やイベントを行う。遵ってハロウィンに関しては次の月曜日が何の祝日かは忘れても今日10月31日は記憶から飛ぶ事は無かった。
ハロウィンの一般的なイベント概要も理解している。これに便乗しようとする輩の顔も知っている。不意を突いて現れ菓子を持っていないのを良い事に悪戯に走 ろうなどと企んでいるに違いない。菓子程度で悪戯とやらを防げるのならば安いものだとかぼちゃ味の菓子を詰め合わせた小箱を購入した。色はやっぱり紫、 黒、オレンジ。
そしてこちらもやっぱり。いつもの侵入者はいつもより上機嫌で侵入してきた。
「よぉ瀬人。元気だったかぁ?」
何が嬉しいのかにこにことこちらの頭を撫でて来た。
浮かれていられるのも今のうちだ・・その表情を落胆に変えてやる。そう思うとこちらも少し楽しい。ハロウィンをこんな楽しみ方していいかどうかは別とする。
「いやー良い夜だなぁ綺麗な月だなぁこれで蝙蝠でも飛んでいれば最高なのになぁ」
「田舎に越せ」
しかしいささか予想外だった。侵入と同時に「トリックオアトリート」の声があると思ったのだが。
上機嫌で外を眺めたバクラはその上機嫌を保ったまま来客用長ソファーに横になった。何を考えているのかその顔から微笑みは絶えない。
向こうが仕掛けてこないのならこちらも待機するしかない。拍子外れだが今月の各部門売掛仮数字を眺めた。
「・・・瀬人は今日が何の日か知ってるかぁ?」
バクラは肘掛けに腿を乗せ膝から下をぶらぶらさせながら言う。
「当然だ。今月は売上目標も昨年度同月実績も上回る数字だからな。下半期好スタートが切れたのもハロウィンのおかげだろう」
「じゃあ何でトリックオアトリートって言ってくれないんだ?オレ期待してたのによぉ」
売上を追っていた視線が今年度累計実績で停止する。累計実績自体に問題があるわけではない。聴こえてきた言葉の方に問題がある。
今何と言った?言ってくれない?何を。トリックオアトリートを?誰が。
「・・・何故俺が貴様にそんな事を言わねばならんのだ」
足をブラブラさせていたバクラはそのまま上半身を起してこちらに顔を見せた。
「だって瀬人は十代、オレは三千代。な?」
「何が『な?』なのかさっぱりわからん・・・そもそも三千代とは何だ」
はいはい社長様のお嫌いなオカルト話でしたすみません、と見事な棒読みを披露して肩を竦めてみせる。
つまりこちらが子供で向こうが大人だから言われる立場だと思ったのか。
「ふん、貴様の事だからここぞとばかりにハロウィンを堪能していると思ったが」
「オレだってお菓子貰う側になりたいぜー。シュークリームクッキーキャンディフィナンシェラスクチョコレートプリンアイスクリームビスケット・・・」
起き上がっても尚、足をブラブラさせながら呪文のようにお菓子の名前を連ねていくバクラ。どこからどう見てもその姿は子供と違わぬ。
変に長く生きすぎている人間に近い生物は逆に幼い・・・という設定は良くあるが・・・
「そもそも・・・この行事は子供に紛れて現れるこの世の物ではないものの悪戯を防ぐ為に菓子を配る・・・ような内容であった気がする。興味がないのであまりわからんが・・・」
用意していた菓子の小箱を取り出しバクラに差し出す。目を丸くして小箱を見詰めてきた。
「存在がオカルトの貴様こそ菓子を貰う立場なのではないか?」
「・・・・・・あ、ありがとう・・・」
ガラにもなく頬など染めてぎこちなく受け取るバクラを見る限り、まったく予想していない出来事だったのだろう。反応は違えど一杯食わせることはできたようだ。
「・・・なぁ、瀬人・・・」
「何だ」
嬉しそうに小箱を見詰めてバクラは言う。
「オカルトでも愛してくれますか?」
「・・・・・・オカルト次第だ」
それを聞くとバクラは顔を上げて笑顔を作った。
「・・・ありがとう」
いつも慌しい月末。たまにはこんな日も悪くはない。
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