seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
off

■求める居場所

いつもなら車の発する音しか無い車内に広がるひんやりとした空気と若干篭って聞こえる雨音。窓に打ちつけられた雨粒は円状で留まる時間も無く重力に従い流れ落ちる。
忙しそうに動くワイパーも量で攻めてきた敵に勝利は難しいようで、一瞬視界が開けたかと思うとすぐに雨粒に攻略される。その繰り返し。
大雨のせいで道路は渋滞、急ぎの用があったなら、腹を立てて別の行動手段を考える所だが今日は虫の居所が良かったらしい。よく見えない上になかなか変わらない外の風景をぼんやりと海馬は眺めていた。
さほど短い橋ではないというのにいつまで今にも氾濫しそうな川を眺め続けなければならいのか。側面の窓にワイパーが設置されているわけではないのでその氾濫しかけの川を見ることすらままならない。
非常に時間の無駄使いだ。仮眠でもとっておくべきか・・・そう思い視線をそらそうとした。
そんな時、あれの姿だけは水滴に邪魔されず視界に直接飛び込んで・・・くるわけは無いのだが、そう思わせるほど強い存在感を放っていた。
・・・放っているように見えたのも錯覚だろうが。

「・・・寄る所ができた。先に戻っていろ」
「寄る所・・・ですか?何処へ・・・・!瀬人様・・・!?」

車のドアを開くと運転手は大層驚いた様子だった。寄り道といってもまさかその場で降り出すとは思わないだろう。

「私用だ・・・もしかしたらこの渋滞ではすぐに追いついてしまうかもな」

傘を差し歩道に立つ。徒歩でこの橋を渡るのは初めてかも知れないな・・・そう思いながら土手へ降りる道を探す。
雨に濡れて滑りやすい小さな階段を注意して下りると、やはり見間違えではなかったそれがまるで晴れの日のような手ぶら、軽装で立っていた。
いくら雨音が煩いからといって普段人一倍気配というものを読むやつが、他人の接近を容易に許すとはらしいとはいえない・・・まあ傘もささずに氾濫しかけの川付近に佇んでいる時点で通常の精神ではないか。

「・・・貴様何をしている」

声をかけるとびくりと体を跳ねさせ驚き、目を丸くした顔をこちらに向けた。

「せ、瀬人・・・?なんでこんな所に・・・」
「質問を質問で返すな」

きっぱり言うとバクラは引き攣った笑みを浮かべていつもの調子で話す。

「別に何もしてないぜぇ?しいていうなら川をみてたくらいだが」

背後を流れる川を親指で指し示してきたので視線を移動させる。
車内で見ていたそれは間近でみると強烈だ。そろそろ注意報でも出されるのではないだろうか。雨音だけですら耳障りなのにこの雑音。おまけに泥水と化しているそれは耳障りだけではなく目障りだ。
こんなもの、見ていて楽しいわけがない。仕事や趣味でなければ傍に立っているのも御免蒙る。

「貴様の趣味は不法侵入やら氾濫した川の観察やら悪趣味だな」
「ククッ・・・趣味じゃねぇよ。前者は否定しきれないがな・・・・・・少し、考え事だ」

言うとバクラは再び川に視線を戻す。
瞬きをした瞬間消えてしまうのではないかというくらい力のない姿は全身びしょ濡れのせいだけではないだろう。
今更、かもしれないが自分の差している傘の半分にバクラを入れてやる。するとバクラは少し驚いたようにこちらを振り返る。

「濡れちまうぜ・・・?」
「貴様に言われたくないわ。見ているこっちまで気持ち悪くなる」

偶然、手と手が触れた。その完全に冷え切った手にドキリとする。一体どれほど雨に打たれればこんな体温になるのだろうか。

「・・・・・・居場所の無い所に居座るっつーのも、なかなか難しいよな」

覇気の無い顔から零れる弱気な言葉。突然の言葉だったが、それが『考え事』の内容である事は簡単に想像できた。何を指しているかは分からない。聞こうとも思わなかった。きっと聞いても理解出来ないオカルト話だろう。

「無いならば作ればいい。簡単だ。場所に遠慮する事何て一つも無い」

もしかしたら残酷な言葉だったかもしれない。だが、それを聞いて見せてきた痛々しい笑みの方が、よっぽど残酷だ。

「・・・瀬人は、何時だって強いんだな・・・だから、何時の時代もお前に惹かれる・・・ずっと、惹かれ続ける・・・」

最後に無理矢理、何でもないように笑って見せた。


あいつが何を悩んで、どうしたのか、もう知る由もない。
ただ、ここにあるのは悲痛な笑みの映像とあいつの居場所になれなかった後悔だけだった。


無断転写を禁止しています