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■次に会う理由
デート・・・と呼ぶには少々無理があるが、2人きりで外に出るなんて事は奇跡に近かった。
何と言っても、知らないと言えば非国民ではないかと疑われる大企業のトップに君臨しているお偉いさんだ。気付くと日本にすら居なかった、なんてのは日常茶飯事。
隙を見つけては2人きりの空間を作り上げてきたが、全て室内であり場所も相当限られている。
別に、傍に居られるならば場所なんてどうでも良かったが、折角のチャンスを見逃す手は無い。
バクラは会社帰りのサラリーマンやこれから外食でもするんだろう家族連れ、カップルと様々な人で溢れかえっている街中で一人寒さに耐えていた。
冬支度らしきものはしてあるが、まだまだ周りと比べると詰めが甘い。
人格交替をして特に何もせずに目的地まで来たのだが・・・子供は風の子が通用する歳でもあるまい。
まあ本人はこんなに長い間外にいるなんて想定していなかったのだろう。近くのコンビニに買い物、程度だっただろうし。
だが家に戻るのは勿論、近くの店で上着を買うなんてことも許されない。向こうは待ってくれないだろう。
それどころかこちらから見つけてやらないと、約束なんて無かったかの如く素通りされかねない。そう考えると随分脆い関係だ・・・バクラは溜息をつく。それは白く染まって空気中に散乱した。
恐らく害がないから振り払わない。振り払うにも余計な力を使うから・・・その程度の認識なのだろう。そう感じていたのだからこんな街中で宿主を目当てとする以外に声をかけてくる人間がいるとは思っていなかった。
「・・・捨てられた兎のような姿だな」
普段ならば捨てられてる兎なんてみたことあんのかよくらいの返しは出来ただろうが、別の事を考えているときに話しかけられると弱い。しかも予想外の声だった。待ち望んだ声でもあるが。
「せ、瀬人・・・随分早いな・・・」
「思ったより早く事が済んだのでな」
スーツにコートという、街に溢れている人種の位置に当てはめるならば『仕事帰りのサラリーマン』に属するであろう格好を裏切らず、まさに社長様は仕事帰りだった。
どうせ通る道、一緒に歩いても損も得もないだろう?提案した時に『貴様は損だらけではないか?』と返されたのを覚えている。
そりゃ何の用事もないのに労力使って混雑してる時間帯にわざわざ出向くという点ではそうかもしれない。
それを帳消しにできる存在だと、自分で自覚してないのだ。このお偉いさんは。
「悪いな・・・忙しいのに」
そう思うくらいならこんな事に付き合わせるな・・・くらいは覚悟していたのだが。
「今日は出張先から直帰予定だ・・・もう仕事は終わっている」
何とも普通の回答だった。もしかして皮肉を言うのもうんざりなほど疲れているんじゃないだろうか。嫌な方向にしか持っていけない思考をいい加減どうにかしたい。
「でもまあ・・・自由時間潰して付き合ってもらってるわけだしよ」
「帰り道だ。別にデメリットはない・・・」
周りの声にかき消されつつも、なんとかその声は耳に届いた。
いくら混んでる時間だからといって今日はやけに人が多い。
原因はすぐに分かる。街に並ぶ木々に電球だか発光ダイオードだか、素人にはよくわからないそれでライトアップされ、闇に光を与えていた。
幸か不幸か、今日はページェント初日のようだ。
「そういやさっき点灯時やたら歓声が上がってたな・・・ただ電気つけただけだろ、と思ったが・・・やっぱ、綺麗なもんだな・・・」
「当たり前だ。この辺は我が社が提供したものだからな」
まるで現場監修のような目付きで木々の飾りを見詰め海馬は言った。ロマンチックのかけらも無い。周囲が木々に向ける視線とはかけ離れすぎている。
だがなるほど。言われてみれば青眼を彷彿させそうな青や白の光が・・・
提供しただけでおそらく飾りつけには参加していないのだろう。その証拠に青い眼をしたあの象徴たる龍はどこにも見当たらなかった。
この男の青眼の白龍に対する感情というものは何と言うか、異常である。
前世の記憶もないのによくここまで愛せるか・・・その愛情、少しでいいから分けて欲しい。
だが前世の限られた行動を思い出せば今の自由に外を2人でぶらつくなんてのも相当な進歩である。多くは望めない、か。
周りがカップルだらけのせいでどうしてももどかしい感情が露になる。気を紛らせようと思考をずらせば、薄着を思い出し寒さに凍えるだけだった。
そう感じると再び手のつないだカップルなんかが目に入る。あれは実に暖かいうのだろう。気持ちの問題で。
小さく溜息をつけば、やはり白く染まった。これでいいのかという自問自答は空しくなるだけだったのでとっくの昔にやめている。
会話も無く無言で意識を飛ばし寒さで縮こまった身体に、程よい重さが加わった。
「!・・・」
「・・・見ているこちらが寒くなる」
視線を向けられ答える海馬のスーツの上に、先程まで羽織っていたコートがない。
自分に掛けられたコートを取ろうとバクラは慌てる。
「こ、これじゃお前が寒いだろ」
「この程度で根をあげるほどヤワではないわ」
ふふん、と見下した視線と馬鹿にされたような微笑をくらう。
・・・悪かったな、ヤワで。
有り難く拝借して腕を通すと分かっていたがサイズが合わない。一体どうやったらそう成長するものなのだろうか。イメージ的に不規則な睡眠と偏った食生活なのだが。
もうすぐ人ごみを抜ける。そうすれば瀬人の迎えの車が待っているだろう。そこでお別れだ。次に会うのはいつになるやら。
向こうはどう思っているのだろうか。特に気にする事無く仕事の事とかカードのこととか考えているのだろうか。無表情からは読み取れない。
訊ねれば簡単に返ってくるのを聞かないのはほんのわずかに残ってる希望を木っ端微塵にしたくないからだろうか。諦めきってると思っていたがどうも女々しいところがあるようだ。
どうも気分が晴れない。晴らす努力もしていないが。
壊れる可能性が高すぎて現状維持を選ぶのが最近の常である。困ったものだ。
人の数が減ってきた。視覚効果でさらに寒さが増したように思えてコートに手を突っ込んでみる。風に吹かれない程度の変化しか感じられなかった。
ああ寒い。情けない。
「・・・なるほど」
「・・・何がだ?」
瀬人の呟きは突然すぎた。人が減ってきていなければ聞き逃したかもしれないし、瀬人の声を聞き逃すはずがなかったかもしれない。聴力は良いほうだ。まあそれはどうでもいい。
「いや、こちらの話だ」
一人納得している様子の瀬人の横顔を見詰める。
この社長様の事だから本当にそちらの話である確率が高い。仕事の事でも考えていたのだろうか。少し寂しい。
そう思ってる所に瀬人を待つ迎えの車が見えてきた。あそこにたどり着いたら、もう今日はお別れ。次にいつ会えるのか、そもそも会う機会があるのか。一応クラスメイトという形はあるがあってないようなものだ。向こうはほぼ欠席、こちらは別人格。
「・・・今日はつき合わせて悪かったな」
普通に発したつもりだがどこか寂しげになった気がする。瀬人にそう伝わってなければいいが。
「嫌だったら断る。言ったはずだ。俺にデメリットはないと・・・」
真っ直ぐ向けられた瞳は、三千年前と変わらない強い蒼だった。
どんなに繕っても見破られてしまう真実を見抜く瞳。
主の姿を確認した運転手が車のドアを開いて待機している。ああ、もうお別れだ。
「・・・あ、そうだこれ・・・」
自分が身に纏っているコートの存在を思い出し、慌てて脱ごうとするが瀬人は冷静に告げる。
「これから帰るのだろう?まだ着ていろ」
「いや、でもよ・・・」
確かにまだまだ冷え込みそうだし心なしか風も強くなってきた。コートがあった方が有難いが・・・
「だが必ず返しに来い。貴様自身でな。宿主とやらに間接的に返させるのは許さん」
「?そんなに大事なコートなのか・・・?だったら尚更・・・」
そう解釈して言葉にすると、盛大に溜息を付かれた。声になりそうなほど大きくわざとらしいそれは相手の思惑通りなのか動揺させられる。
「な、なんか変な事言ったかオレ・・・」
「・・・・・・・・・・・また、来いと言ったんだ・・・愚か者」
「・・・っ!」
あまりの内容に理解が遅れ声を出すのも遅れた。言葉が耳から脳にたどり着く前に、瀬人は命令させ車を出していた。
車がプラモデルのように小さくなった頃、ようやく理解する。そして頬がやけに熱くなってるのがわかった。
また、会いに行っていいのか。
それは少なくとも嫌われていないという事で。
「・・・薄着で良かったな・・・」
また会える理由を握り締め、寒さを感じなくなったのはコートのせいだけではないだろうなと空を仰ぐ。
重く暗い空から雪が舞い落ちてきた。
初めて体験する暖かい雪だった。
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