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■デコレーション
よくもまあこんなものを作るな・・・最初の頃は感心しているのか呆れているのか分からない心境でメールを受け取ったものだ。
どこを経由してアドレスを知ったか不明だが、まあ身近にいる人間に聞けば結構知られているアドレスだからあまり深くは考えない。万全のセキュリティを潜り抜けて社内に侵入してくる人間なのだから。
奴自身の携帯電話なんてものはないだろうから恐らく『宿主』と呼ばれている方の携帯電話で送信してきているのだろうが、書かれている内容は至極どうでもいい世間話や、怪盗気取りの潜入予告文だったりが簡潔にまとめられていた。
だが目がいくのは内容ではない。
文を取り囲む画像は単調ながら動きがあり、本来白黒である文字や背景には華やかさを含む色彩に変えられていた。
携帯電話の使用はほぼ仕事関連であり、絵文字、顔文字もあまり目にしない海馬にとってこのメールは妙に新鮮だった。
テンプレート、というものが携帯電話に最初から内臓されているようだがこれは自分で作ったものだろう。内臓されているものだったら耳にしたことくらいはあるはずだ。青眼のデコメールがテンプレートとして内臓されている携帯電話を発売したメーカーがある、と。
ご丁寧に三体揃って画面に表示されている青眼を見たときは目を丸くした。後日聞いてみると送り主は当たり前のように言う。
『だってあれだろ?お前仕事以外のメール送ると不機嫌になりそうだからよ。機嫌取り?』
そこまで分かっているのなら送信自体しなければいいものを、と思うが一番腹立たしいのは確かにその通り不機嫌を回避していることだろう。この場合腹を立てる相手は自分になるのだろうか。
この男はどうも思考が読めない。
いつも表面上でのらりくらりとこちらの質問を受け流す。何故付き纏うのか、何しにここへ来ているのか、何故メールをよこすのか・・・
アメリカでも、日本に居る頃より頻度は減ったがメールは届く。
その内容は相変わらず他愛もないものばかり。そして返信を必要としない文章。動くGIFアニメーション。
こちらはともかく、向こうの携帯が海外にも対応しているのに少し驚いた。だがその疑問を読んでいたかのように『宿主の父親が海外に行く機会が多いから』と本文に明記されている。
一体、このメールを送ってくる相手は何を求めているのだろうか。
メールの返信すら求めてこない。だが確実に何かを求めている。
一体何を求めているのだろうか。
「ん・・・」
空き時間、そんなことをぼんやり考えていたところにメールが届いた。
差出人は丁度考えていた人物からのもので。
未読メールを見ようとボタン操作する。
そこにある未読メール・・・件名なし。
「・・・・・・?」
違和感があった。
いままできたメールには全て件名が入っていたと思う。といってもその『件名』として成り立っているかはどうかわからない単語や一言だったが。それでも何かしらは入っていて、空欄のまま送信してくることはなかった。
不審に思いながらメールを開く。そこにはたった一言だけ書かれていた。
『好きだ』
絵文字もない。顔文字もない。ただの無地背景にデフォルトカラーの黒文字。
改行すらされていない短いメール。
目に飛び込んできたメールの内容を理解しようと脳が働こうとした時、再びメールの受信で携帯が震えた。
件名なし。送り主は同じ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
開く。そこにはやはり華やかな画像も色もない。すごくシンプルで飾りっ気の無い見た目。
『愛してる』
メールの受信は続いた。好きだ。好き。大好き。好き。
これは送り主が意図しない『受取人の機嫌を損ねる』ことだと、理解していての行いだろう。
あれは賢い。だから自分の本心も晒すことはなかった。何を考えているのか、何がしたいのか、何を求めているのか・・・・・・何を、焦っているのか。
「・・・・・・」
ふと、電話帳機能を開く。指定したナンバーを押すと『獏良了』という文字が電話番号と共に現れる。
こちらだけ知ってるのはフェアじゃないから・・・と半強制的に登録させられた番号だ。あいつ自身が『宿主の携帯だし、オレ様が出る確率の方が低いだろうけどよ』と言った。つまりこちらからの電話は求めてはいない、と。
ならば何故登録したのか・・・常に疑問ばかり残していく奴だが。
新しいメールを受信すると、内容を軽く確認して先の電話番号に発信した。
今がどちらの人格であるかも、時差の心配が不要なことも、そのメールだけで確認できる。
最初は多分盗賊王であった頃の感情が魂に反応しているだけだった。
好きだと思うのはあくまで盗賊王。好きだと思う相手はあくまで神官様。
前世の記憶が無いことに少し落ち込んだのも盗賊王。今ここに存在している人とは呼べぬ魂ではない。
だから今度は存在を忘れられないように・・・と定期的にメールを送ろうとしたのは盗賊王の魂。存在を忘れられないようにだけなら、と返信を不要とした内容にしたのは人とは呼べぬ魂の部分。自分自身。
盗賊王の魂が望むものはあまりに単純で直接的だった。今は、三千年前とは何もかもが違う。その魂の言いなりになるわけにはいかない。
ただ、存在を認識して欲しかった。それは総合して言える部分。
『獏良了』とは違う、『バクラ』という存在を知って欲しい。それだけだった。
それが、変化してしまったのはいつからだろうか。
盗賊王の魂とは別に、自身が持っていた好意をより強いものにしてしまったのはいつからだったろうか。
盗賊王の魂が求めているのはあくまで神官の魂だった。
だが、今自分が求めているのは魂ではなく、全て。
『海馬瀬人』の全てが。
だが自分の役割はこの存在を彼に知らせる事。ただそれだけ。それ以上は望むまい。
姿を認識してもらうために会いに行く。認識が目的なので何もしない。してはいけない。
存在していることを伝えるためにメールを打つ。機嫌を損ねてはいけない。そこは気をつける。
薄っぺらな自己満足でもいい。つながりが欲しかったので電話番号を登録する。宿主の番号だけれども。
王が記憶を取り戻す。大きな戦いはもうすぐだろう。
そうなるときっとこの感情は邪魔なだけだ。そう思えば思うほど強く、重く圧し掛かる。
海の向こうは何時だろうか。もう潰されてしまいそうだ。助けを請うように携帯電話を手にする。
ダメだ。例え潰されようともこの感情を表に出すことは許されない。人間に転生したわけではないそのままの魂では。
だが、体が言うことをきかなかった。今まで溜め込んでいた言葉を、そのまま流し込んだ。
「くそ・・・何やってんだか・・・・・・」
まるで憑かれたかのように何度も意味不明なメールを送信すると、吐き出した分の余裕ができる。
送信メール一覧を眺めると無題のメールがずらりと並んでいた。あて先は同じ。
もう迷惑メールと変わらないそれらを見る。
絵文字もない。顔文字もない。ただの無地背景にデフォルトカラーの黒文字。 改行すらされていない短いメール。
本心を隠していた飾りが何も無い。
「クク・・・こりゃ受信拒否も免れないなぁ・・・」
自嘲の笑みを浮かべながら、謝罪くらいは入れようと新規メール作成画面を開く。
が、一瞬にして開いた作成画面が消えて画面が切り替わる。
着信画面である。しかも電話の。
受信したものに関しては無視を決め込んでいる。この携帯は自分のものではなく宿主のものなのだからそちら宛である場合がほぼ100%であるからだ。
だが、着信画面をみてバクラは硬直した。
「・・・・・・・・・・・マジ、かよ・・・」
それは、つながりを作るためだけに教えた電話番号。
あんなに何度もメールを送っていたんだ。この電話は恐らく自分宛だろう。
ぐるぐるといろいろな想いが駆け巡る。まさか、相手がわざわざ自分から・・・
恐る恐る、電話に出るとやはり間違いでも何でもなく、久しぶりに聞く声が聞こえた。
怒っている様子はまるでなかった。
『バクラか・・・?』
「・・・・・・えっと・・・・・ごめんなさい」
「・・・謝るのなら最初からしなければ良いではないか・・・」
第一声は謝罪だった。電話の対応としてそれはどうなんだろうと疑問に思う。
だがそんな事を言うためにわざわざ電話したわけではないので軽く流す。少しでも逸れたことを話せば、それを元にすぐに逃げてしまう。
『いや・・・気付いたら送ってたっていうか・・・悪ノリしすぎたっていうか・・・』
探り探りで言葉を選びながら逃げ道を探してる様子がバレバレである。 ここで逃がしたらまた本心を隠しながらゆらゆらとこちらの言葉を受け流すに違いない。
そして、今それが出来ていないということは・・・本心を思わず口にしてしまったということだ。
「・・・今回のメールも、返信不要なのか?」
『は?』
「このメールに対しての返事は求めていないのかと聞いている」
言い直すと会話が途絶えた。
聴覚でしか相手を確認できないこの状況であるのにもかかわらず、手に取るように相手の返答に困っている様子がわかる。
こちらには届かないと知りつつ身振り手振りで迷っていただろう相手からようやく返事が返ってきた。
『聞きたい・・・・・・が、聞きたくない。別に返事を期待して送ったわけじゃない・・・聞く身分でもないしな』
「・・・そうか」
何故だろうか。
もう電話の向こうにいる奴には会えない気がした。
虫の知らせというやつとは少し違うだろうか・・・オカルトが絡んでいるとはあまり思いたくない。
だから、これはあくまでも自分の意思。
「・・・ならばこれは返答でもなんでもない俺の独り言なのだが・・・」
『?』
「お前のことは、嫌いじゃない」
曖昧な言葉だったかもしれない。だがはっきりした口調で言ってやった。
また無言の時間が続くと奴は礼を言ってきた。
『・・・ありがとな、瀬人』
今にも泣きそうな、らしくない声だった。
それから、奴には会っていない。どこだか知らない遠くへと行ってしまったようだ。
最初から居なかったかのように、綺麗に存在を消してしまった。
だが、この記憶と携帯電話には、まぎれもなく彼が存在した記録が残っている。
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