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■浸透
やっぱりといえばやっぱり。フリングスは小さくため息をついて苦笑した。
今日締め切りの書類を受け取りに宮殿まで出向いたのだがピオニーは顔を合わせるなり「ああー・・・今日だったか？」と提出する気配を感じさせない言葉を漏らす。
書類のサインが終わるまで手前の部屋で待機することになった。
もし間に合わなくてもこの自体を予測していたジェイドは提出期限を早めに決めている。少し余裕がある。
いつもはメイドが掃除をしたりぶうさぎの餌を用意したりと、慌しく動き回っているだがこの日は一人も部屋にメイドがいない。
めずらしくこの場所で一人きりになったフリングスは特にすることもなく辺りを見まわした。
普段よりも確実に広く感じるのはメイドがいない空間であるためか。
寂しく感じられるのは物音がないせいだ。いつもならメイドの話し声やぶうさぎの鳴き声・・・
そう思うとフリングスはふと気がついて首をかしげた。
何故、ぶうさぎがいないのだろう。
いつもなら散歩から帰ったぶうさぎ達が部屋で暴れまわりメイド達をおろおろさせている時間のはずなのに・・・
その疑問はまさにぶうさぎの鳴き声で解決された。
「あ・・・」
聞き覚えのある鳴き声が接近してくると部屋の扉が開く。
そして現れたぶうさぎの大群。
「あれ、フリングス将軍・・・・・・ああ、またですか」
大量のぶうさぎを引率していたのはまだ二十歳を越えたばかりであろう青年だった。
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
ホド生まれの貴族。
彼がグランコクマに訪れてから何度か顔を合わせていた。軍の仕事も機密にかかわらない程度に手伝っていた彼と本部ですれ違ったこともある。
そして、今のように提出期限の書類を待っているときにも。
彼の呆れたような口調は数日前を思い出しているところからきているのだろう。
それとも、普段の行いからか。
「今終わりですか？ガルディオス伯爵」
ぶうさぎを見ながらフリングスが訊ねると、ガイは苦笑しながらぶうさぎのリードをはずす。
「いままで散々ジェイド・・・・カーティス大佐にこき使われてね・・・散歩の時間が遅れたわけです。あと・・・・その呼び方、なんとかなりませんかね？」
「呼び方・・・？」
「あまりその呼ばれ方には慣れていませんので・・・」
ガイは居心地が悪そうに目をそらす。
その身分を隠し、貴族とはかけ離れた生活をしていたことは聞いている。
確かに伯爵と呼ばれるのに馴染みがないだろう。
しかしそうなると。フリングスは顎に手をやり考える。
「そうですね・・・しかしそうなるとどう呼べばいいものか・・・」
「普通に呼び捨てにしてください」
一番、呼ばれなれています。ガイは微笑んだ。
何気ない微笑みだったのかもしれない。ただ、何も考えずに浮かべた笑顔なのだろう。
その笑顔が何故か心に浸透してきたことにフリングスは小さく驚いた。
これは、何だ。
人の笑顔というものは、長年多くの人と接していれば何度も目にするものだ。そして、深く考えることもなく流している。
時に、笑顔によって助けられることもある。
だが今回のこれは明らかに過去体験したことの無い出来事だった。
人を魅了する、笑顔。
「フリングス将軍・・・？」
ふと気がつけば不思議そうな顔をしたガイがいた。
フリングスは苦笑して話の流れに戻ってくる。
「ああ、すみません・・・ガイラルディア」
「あ・・・・」
「どうかしましたか？」
やはり、いくら良いと言われたからといっていきなり呼び捨てはまずかったのだろうか・・・
フリングスが不安に思っているとガイは少し恥ずかしそうに視線をずらした。
「いえ・・・そう来たか、と・・・・・・まあ、本名ですしね・・・」
「・・・ガイ、の方がいいですか？」
ガイの言わんとしていることを汲み取り、フリングスは言う。
ガイラルディア。
その名も身分と共に封印していたものだ。
しかしガイは少し考えた後に笑顔を浮かべて答えた。
「いえ、ガイラルディアでお願いしします」
「そうですか。では・・・私のことも呼び捨てでお願いします」
やっぱりそうだ。彼が笑うたびにその笑顔を見入ってしまう。
いままでも、人をこんな気持ちにさせてきたのだろうか。
それとも、自分が特殊なのだろうか。
「わかりました・・・アスラン」
笑顔で名前を呼ばれる。
硬直していたものが和らいでいくような笑顔。
今の感情が何なのかはどうでもよかった。
この笑顔に、惹かれている。
その笑顔へのお返しに、感謝の気持ちを込めてフリングスは微笑んだ。
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