■異端の者
この森に入ったのは単なる気まぐれだった。
昼間だというのに薄暗いその森は『迷いの森』なんて呼ばれてたりする。現に、ここで行方不明になった人間も多い。
そんな森に自ら近付こうとする地元の人間はいない。ごく稀に無事この森を抜け出ることが出来た人間がいるのだが、その人間の話だと方向感覚が無くなり幻聴が聞こえ、ひどいものは平衡感覚が無くなって気分が悪くなり気を失ってしまうものまでいたと言う。
「方向感覚の喪失は森の作りのせい、幻聴は風の囁きと悪魔の鳴き声。平衡感覚の喪失は邪気の噴出・・・木々の力の色を見れば迷わない、悪魔の鳴き声なんて聞きなれてる。この程度の邪気簡単に打ち消せる・・・・・が、気分が良い訳ではないな」
ピオニーはこの街を築いた一族の末裔だった。
先祖は未開のこの地に街を作った英雄として崇められている。しかしその正体は並外れた力を持つエクソシスト。人間の立ち寄らない悪魔達のエデンに勝手に土足で入ってきて我が物顔でそこに住み始めた・・・悪魔にとってはいい迷惑だ。
だがこのご時世、『悪魔』というだけで悪者である。悪魔がいるというだけでエクソシストは無差別に悪魔を消滅させる。
ピオニーはそれが気に食わなかった。悪魔の方は自分たちのテリトリに侵入してきたものにしか手を出さない。まぁ、たしかに人間を食らう特殊な悪魔もいるがあくまで一部のものに限る。
それが人間はどうだろうか。みんながみんな悪魔を嫌い、敵視する。
ならば、自分だけでも悪魔が人間を『別種族』程度にしか捉えてない程度の感覚でいよう。それがポリシーだ。そう思ったのは幼少の頃。
今だってそのポリシーは保ち続けているつもりだ。
「ん・・・?」
ピオニーは足を止めた。前方に人が倒れている。
いや・・・人の姿をしているものが倒れている。
「・・・おい、大丈夫か?」
声をかけても返事が無い。だからといって見捨てるわけにもいかない。
「弱ったな・・・街につれて帰るわけにはいかないし・・・」
そんなことすれば街にいるエクソシスト達に消されてしまう・・・
ピオニーはしばし考えた後、街のはずれにある昔祖父が使っていた小屋の存在を思い出し、悪魔を肩に担いだ。
「・・・・・・・・・・」
さらさらと流れる金髪。整った顔立ち・・・目が伏せているのが残念だと思った。
きっと綺麗な瞳に違いない。
背中から生えている羽は立派なものだが力無く重力にしたがっている。
「・・・待ってろよ。今小屋に運んでやる」
これが・・・エクソシストらしかぬエクソシストが、この悪魔らしかぬ悪魔と出会った瞬間だった。
邪気が充満しており人間が近付きたがらない小屋で数日後、ようやく悪魔は目を覚ました。
悪魔は名をガイラルディアと言うらしい。
ガイラルディアは自分がこの街の頂点に属する一族であることを知っていた。
無論、エクソシストであることも。その中でも変わった思考であることも。
ピオニーは驚いた。自分は悪魔の中では有名人らしい。
ガイラルディアは恩返しがしたい、と数日間ピオニーについて世話をした。
エクソシストらしかぬエクソシストと、悪魔らしかぬ悪魔は、日を重ねるごとに互いの距離を縮めていっていた。
だんだんに、二人で一緒にいることが当たり前のようになっていく。
ピオニーは完全に生活の場所を街にある住居からこの小屋へと移していた。街での暮らしは裕福で不便のないものだ。しかし、あの場へガイラルディアは行くことができない。
ならば、何も無いこの小屋で二人きりであるほうがいい。
しかしそれはあくまでも自分の考えでしかない。
ピオニーは思い切ってガイラルディアに聞いてみることにした。
「・・・ガイラルディア。お前、帰る場所はないのか?」
「いきなりですね・・・どうかしたんですか?」
ガイラルディアは目を丸くした。当然か。いままであまりガイラルディア自身のことについて問いただしたことが無い。
何故だろうか。単なる気まぐれか。それとも無意識に何かを悟ってか。
「いや、まあ・・・よくよく考えてみたらこの状況は拉致扱いにならなくもない・・・と思ってな・・・」
それを聞くとガイラルディアは小さく笑った。
「それはないでしょう。本人の意思でここに滞在しているのですから。それとも、もしかして遠まわしに俺に出てけと言ってるんですか?」
「絶対無い」
即答。しかも真剣な表情で。
その様子が面白くて、ガイラルディアは堪えきれずに噴出した。
いきなり大笑いしだしたガイラルディアに、ピオニーはムッとする。
「俺は本気だぞ」
「ス、スミマセン・・・・そ、そうですよね・・・・・・ふぅ。帰る場所・・・まあ、質素な一人暮らしの住居はありますよ。でも・・・もう、外で『帰ろう』と感じたときに思い描く家はこの小屋になってしまっているんです」
ガイラルディアは恥ずかしそうな笑みを浮かべて語ってみせた。
・・・そうか。ガイラルディアも、同じ考えか。
「では・・・時が許す限り、俺と共にいてくれるか?ガイラルディア」
「はい。もちろんですよ」
二人は微笑みあった。
しかし時は・・・寛大な心で二人を受け入れることはしなかった・・・・・・・
ガイラルディアが再び倒れたのは数日後だった。
ピオニーは時が流れるうちに最初の出会いをすっかり忘れていた。
ガイラルディアは、倒れていた。原因は不明・・・本人も言いたがらない。深くは追求しなかった。
しかし、日を増すごとに悪化するガイラルディアの原因不明の病にピオニーは耐えられなかった。
「ガイラルディア・・・お前は自分がこうなることをわかっていたのだろう。何故いままで言わなかった。不治の病とでも言うんじゃないだろうな」
「不治の病・・・ですか・・・・・・いっそそうならば・・・諦めもついたかもしれないんですがね・・・」
ベッドの上で速く浅い呼吸を繰り返しながらガイラルディアは呟く。しかしピオニーから目は離したままだ。
やがて・・・決意するように目を伏せると、ぽつりぽつりと語りだした。
「俺は・・・・・・・・・吸血鬼なんです」
「吸血鬼・・・だと・・・?」
ガイラルディアは頷いた。
ピオニーは驚愕する。吸血鬼。血を食らい生活する悪魔。時には人間を襲うこともある。
しかしピオニーはガイラルディアが自分以外の生物に接している姿をみたことがない。そして自分は血を吸われたことが無い。
つまり、ガイラルディアは長い間血を吸っていないことになる。
「・・・俺が最初に森でお前を発見したときから既に・・・か?」
「・・・・・・急に思ってしまったんですよね・・・人を犠牲にして生きていく自分たち種族とは何なのか・・・他の種族は人間を自らの意思で襲ったりはしない・・・だから・・・俺も・・・」
「ガイラルディア・・・・?」
ガイラルディアはベッドから身体を起こしてピオニーに微笑む。
「・・・しかし運命には逆らえないものですね・・・いつ理性が崩壊するか、身体が崩壊するのかわかりません・・・・・・だから」
ガイラルディアが拳を軽く握ると身体が透け始める。
「時がきました・・・俺の最後の頼み、きいてくれますか・・・?」
「・・・・・・・・・・・・一応きいてやる」
「笑顔で・・・俺を見送ってください。嘘でもいい・・・貴方の、笑顔が・・・」
言い終わる前にガイラルディアの身体は光となって姿を消した。
ピオニーはただ一点を見つめるだけだった。
あの時、自分の血を分け与えることは簡単にできた。
しかしそれをガイラルディアが望んでないこともわかっていた。
「方向感覚の喪失は森の作りのせい、幻聴は風の囁きと悪魔の鳴き声。平衡感覚の喪失は邪気の噴出・・・木々の力の色を見れば迷わない、悪魔の鳴き声なんて聞きなれてる。この程度の邪気簡単に打ち消せる・・・・」
ピオニーは何かを探しに森に出向くようになった。
あいつの最後の頼み、叶えてやれなかった。
だからせめて・・・・・・今度は、笑顔で迎えてやろうと思う。
どんな不意打ちでも・・・笑顔で迎えてやる。
「準備はいつでも整えているぞ・・・ガイラルディア」
森が、笑った気がした。
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