■name
「ガイ」
その声でそう呼ばれたとき真っ先に感じたのは違和感。
それから何か物足りないという疑問。
そして何故か込み上げてきた寂しさ。
それは、呼びなれている名前だった。
故郷を失ってからずっと呼ばれ続けている名前だった。
皆、その名前で呼んだ。
それに笑顔で対応した。
自然な、流れなのだ。
ただその姿で、その声で、その名前を発せられると。
・・・どうしてこんなにツライのだろうか。
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
ただ、返事をすればいいだけなのに。
何事もなく返答するには間が空きすぎていた。
相手が疑問に思えばもう一度名前を呼ばれるだろう。
名前で。
名前とは?
次にもう一度同じ言葉をかけられたらどう反応しようか。
・・・何を。ただ、普通に返事をすればいい。
何事もなかったかのように何か用ですか、と。さっきの呼びかけはきこえなかったのだ。
それでよかった。
でも、この人はいつもそうなのだ。
「・・・そんな顔するなよ」
頭に手をのせられる。
「ガイラルディア」
そう、呼ばれた。
その瞬間安心したかのように体の力が抜ける。
それによって自分の体が強張っていたことに気がついた。
この人はいつもそうなのだ。
こっちの些細な変化を見逃さないで心を汲み取って一番欲しい言葉をくれる。
向こうばかりこちらを理解しているのは悔しかったが、居心地がよかった。
「・・・何かご用ですか、陛下」
このタイミングで返答しると、やっぱり相手は苦笑した。
「呼んでみただけだ」
「・・・・・・・・・・なん、で」
呼んでみただけ。過去にも何度かそんなことがあった。
呼ばれる名前は「ガイラルディア」。
いつもの声で、いつもの口調で。
そう呼ばれるのが好きだったから。用も無いのに呼ばないで下さい。そう言っても名前を呼んでくる。
ガイラルディア。
悪い気はしなかった。
なのに。
何故だろう。どうして、名前を呼ばれてこんなに落ち込んでるんだろう。
遠い過去に呼ばれてた名前。
忘れ去られていた名前。
「ガイラルディア」
呼ばれて顔を上げる。
この声で。この名前を。
二つの条件が揃っていないと駄目なんだと。
今更再確認されるとは。
「・・・・・・面白いなお前」
「何がですか」
「ガイラルディア」
「・・・なんです」
唇を唇が掠めた。
そして面白そうに喉で笑いはじめた。
わけのわからない行動にこちらは疑問符を浮かべるしかない。
「ガイラルディア」
「・・・何なんですか」
「お前、すごく嬉しそうだぞ」
「・・・・・・え・・・・・・・」
言われて頬が赤くなるのを感じた。
名前を呼ばれただけでそんな表情を変えていたのか、自分は。
しかし相手は満足そうに笑ったあとに抱きついてきた。
「ガイラルディア」
「・・・はい」
「お前はガイラルディアなんだな」
わけのわからない問いかけに対して、普段ならば何言ってるんですかとため息交じりで返すのだが。
「・・・そうです」
肯定する。
身をもってそのことを痛感したから。
「ガイラルディア」
「はい」
「呼んでみただけだ」
「・・・では・・・」
放れて、相手の顔をみる。
自然と笑顔を作って言う。
「もう一度、呼んでください」
その声で、その姿で。
ガイラルディア、と。 |