■無言の祝福
「失礼します陛下。先日頼んでいた書類を受け取りに参りました」
「ああご苦労。そこに置いてある」
フリングスが辺りに目をやると、無造作に置かれた目的のものを発見した。
相変わらず整理整頓の出来ていない部屋・・・だが、数周間前と比較するとさらに悪化している気がしてならない。
フリングスは書類を手にして部屋を見渡す。
前回訪れたときはもっと綺麗になっていたはずなのだが・・・いや、それでも片付いた部屋とはかけ離れているわけであるが。
ふと何か違和感を感じてフリングスはもう一度部屋を見渡した。
何かが違う、と原因を探っているとブウサギが目に入った。ブウサギの数を数えてみる。1、2、・・・・・・やっぱり。
「陛下・・・ブウサギ、1匹増えました・・・?」
さらに観察してみると、現在ピオニーが頭を撫でているブウサギは見覚えが無い。
あー気付いたかー。ピオニーは笑う。
「つっても、預かってるだけでそのうち返すんだがな」
「預かってる・・・だけ、ですか・・・」
珍しい話だ。
そもそもブウサギを皇帝陛下に預けるなんてことを誰がするのか。
「まー、正確には俺が借りた、っつーか・・・な」
ピオニーはブウサギの方を見て微笑む。
その微笑みは見覚えがあった。それを思い出すと改めて借りた、というブウサギを見た。
大きさに特徴はない。毛並みも・・・普通か。
目は海や空を彷彿させる透き通った水色。毛の色は他に比べて柔らかい黄色。
「・・・似てますね」
誰に、とは言わないが。
その言葉にピオニーは苦笑した。
「バレたか。代わり・・・って訳じゃないんだが・・・・・・ヘンな話だよなぁ。俺が用事を頼んだっつーのに」
ガイがピオニーに用事を頼まれてグランコクマを出たのが数週間前。
ちなみに部屋が散らかり始めたのも数週間前。
「陛下は・・・」
「ん?」
「・・・・・・・・いえ、なんでもありません」
陛下は本当に彼が好きなんですね。聞くまでも無かった。
彼を見ているときの表情は特別なもので、他のものには向けられないものだ。
・・・無論、自分に向けられることもない。
「名前は決まっているのですか?」
「いや、ペットとして飼われていたわけじゃねーからな。名前は別に無いみたいだ」
ピオニーはブウサギを撫でながら言った。
ペットじゃないとすると、そのうち食用として殺されてしまうのではないだろうか。フリングスは眉をひそめる。
そういえば何故買い取らずに借りたのだろうか。
「・・・陛下、何故『借りた』のですか?」
「・・・・・・ま、疑問に思うのは当然だろうな・・・」
小さくため息をつく。
なんと言うべきか・・・ピオニーは少し困ったような顔をして頭をかいた。
「こいつは、どうしてもあいつの『代わり』として見ちまうんだ」
純粋にブウサギのペットとして見る自信が無い。
「それは・・・こいつに申し訳ねーからな。まったく、なんでこんなに似てんだか・・・」
ピオニーはポンポンとブウサギの頭を軽く叩いた。
フリングスはブウサギを見る。
たしかに色や雰囲気は似てないことも無い。しかし代わりにしか見えないなんてことはないはずだ。人間と、ブウサギなのだから。
そう感じてしまうのはただ単に似ているから、だけではない。
別の感情の混入。
それがないのにそう感じるのならば、今までのブウサギだってそう感じていたはず。
しかしそんなことはないわけで。
「本当に・・・・好きなんですね」
「あ?何か言ったか?」
声に出るか出ないかの小さい声。相手には聞き取れなかったようだ。
「いえ・・・別に」
「?お前今日少しヘンだぞ」
「そう、ですかね・・・」
ずっと前からわかっていた。この人の瞳が淡く柔らかい黄色を写していることを。
しかし直接確認してみるとやはり少し心に響くものだ。完全に逃げ道を塞がれてしまったのだから。
あの笑顔を自分が作り上げることは不可能だと確実にわかってしまったのだから。
「・・・書類の確認も済んだので、そろそろ失礼いたします」
「ああ、また来いよ」
ひらひらと手を振られ、フリングスは小さく笑う。
また来い、か。
次に訪れるときは彼もグランコクマに戻っているだろうか。
そうすればあの人のあの笑みを見ることができるだろうか。
・・・あの人が幸せならばそれでいい。
我ながら欲の無いことだ。
笑顔で、名前を呼んでくれる。それだけでいい。
本当に・・・欲が無い。でも、それが本心だから。
むしろあの人に極上の笑みをもたらしてくれる人が出現したことに祝福しよう。
それを見れれば自分も幸せなのだから。
晴れ渡った空を見ながら、フリングスは微笑んだ。
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