■混合
「泊まっていくだろう?ガイラルディア」
部屋を出ようとした時、腕をつかまれて笑顔で言われる。
これは泊まっていけと言っている様なもので拒否権はない。
ないのだが、今日はどうしてもこの人の前に居たくは無かった。
・・・ボロが出てしまいそうで。
「陛下。すみませんが今日は・・・」
「俺の命令がきけないのかガイラルディア」
「・・・・・・すみません・・・」
「・・・悪い子だ」
ピオニーはつかんでいたガイの腕を強引に引っ張り、乱暴にソファへと投げるように座らせる。
ソファであるとはいえ、背中にかかる衝撃がないわけではない。ガイは一瞬息を詰まらせた。
「陛下・・・」
「ガイラルディア」
目の前で呼ばれているのに何故かぼんやりと聞こえた。
・・・駄目だ。
どんなに近くにいても、遠くにいる幻影が見える。
「・・・悪霊に憑かれたか、ガイラルディア」
ピオニーは静かにガイの唇に自分の唇を重ねた。
・・・ガイラルディア様・・・
「!?」
一瞬頭に響いた声を振りほどくかのように、ピオニーを押し戻す。
強い力で跳ね除けられたピオニーだが、表情は変えない。無言でガイを見ていた。
我に返ったガイはハッとなって慌てて謝罪の言葉を口にする。
「す、すみません陛下・・・そ、その・・・」
「いや、いい。俺の方こそすまなかったな」
・・・逆に謝られた。
違う。謝って欲しくは無い。悪いのは自分なのだから。
こんなに近くのものが霞んで見える自分の方が悪いのだから。
遠くの靄が形になってゆく。それは、過去の記憶でしかないというのに。
・・・未練?そんなものない。
あるのは、事実だけだ。そこになんの感情もあってはならない。
「ガイラルディア」
その声は過去のものか現在のものか。
「・・・・・・・・・別に、過去を忘れるということが過去に捕らわれないということではないだろう」
「!」
その声は、現実のもの。
ガイは顔を上げて、今自分の前にいる存在を見た。
「過去に自分がどう思ったから今の自分もそうであるとは限らない。逆に今の自分がこう思っているからって過去の自分は違っていて・・・それを修正すること はできないし、する必要も無い。過去にそう思ったから、今のお前がいるわけだ。例え、少しでも違う考えを持っていれば、今とまったく同じお前は存在しな い。それは俺の望むところではない。俺が求めているのは今のお前だ」
過去に誰を好きであろうと、過去に誰を嫌っていようとも。
「だから・・・」
ピオニーはガイを自分の胸に抱き寄せた。
伝わってくる熱は今感じているもの。
「そんな顔するくらいなら泣け。・・・・いや、そんな顔させてる一端は俺にもあるか・・・すまない」
謝らないで欲しい。貴方は何も悪くないのだから。
喉が焼けたようにジリジリする。痛みは無いが言葉が出ない。
「ガイラルディア」
両肩に手を置かれガイは顔を上げる。
いつも笑顔でいる彼の、ツラそうな顔。
そんな顔をして欲しくない。声が出ない。
「・・・今日は、ヴァンの命日だったな」
「・・・・・・・・・・」
返事をしようと口を開く。やっぱり言葉は出なかった。
「後悔しているのか?」
たぶん反論しようとしても声は出ないだろう。ガイは首を強く横に振って否定した。
「そうか。でも・・・辛かったんだろう?」
小さく首を横に振る。
「・・・無理するな」
そう言われて項垂れた。優しくされるのが申し訳なかった。
ただ、自分が弱いだけなのに。
「・・・・・すまない」
そんな言葉はききたくない。貴方は何も悪くない。
どうして声にならないんだろう。
「だが俺は・・・お前をそばに置いておきたい。でも、もし・・・お前が違うどこかにいきたいのなら、俺は止めな・・・」
「っ!」
咄嗟にガイはピオニーに抱きついた。
さすがのピオニーも予想してなかったのか目を丸くする。
「ガイラルディア・・・?」
「・・・・・・に・・・・・・・」
微かに声が漏れる。
絶対に、絶対に言葉に出して伝えたい。
「・・俺、は・・・いつまでも・・・貴方のそばに・・・居たい・・・・居させてくださ・・・い・・・」
所々掠れた、小さい声だった。
それでも、はっきりと聞こえた。
「そうか・・・そうだな。変なこと言っちまったな。悪い」
「陛下・・・」
今は、貴方を。
貴方だけを・・・・・・
「ガイラルディア」
そう呼ぶ声を聞き間違えること無くいることに喜びを。
遠退く過去の幻影に悲しみを。
涙は出なかった。
何に対して涙が出なかったのかわからない。喜びか悲しみか。
「・・・ずっと・・・そばに・・・」
「・・・・・ああ、そうだな。もうあんなことは言わん。お前が嫌だと言っても強引にそばに留めてやる」
・・・ガイラルディア様・・・
聞こえてくる過去の声。
でもそれは・・・過去でしかない。
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