■遠い日の約束
「な、なんとか・・・できましたわね・・・」
「初めてにしては上出来だと思うよ」
時刻は夜。宿で借りた厨房にガイとナタリアはいた。
先刻ナタリアがガイの部屋をたずねてきた。用件は簡単だ。チョコレート菓子の作り方を教えて欲しい、と。
それしか彼女は語らなかったが、数日後にはバレンタインが控えているとなると。
つまり、そういうことなのだ。
殿方にこのようなことを頼むのはどうかと思うのですが・・・ナタリアは申し訳なさそうに言った。
バチカルに居る頃から彼女を知っているが、自らの手で作ったチョコを渡すなんてことは過去になかった。深いことを聞くことなくガイは了承した。
「でも・・・私なんかより貴方のものの方がとてもよく仕上がってますわ・・・」
ナタリアは見本になるようにと自分と同時にガイが作ったチョコレート菓子を自分の作ったものと見比べながらため息をついた。
「ははは。駄目駄目。俺のにはまったく愛情が入ってないからな。料理に必要なのは愛だろ?」
「そうですわね・・・食べてもらう方を想って作ることが大切ですわ・・・」
ナタリアは少し形の悪い自分の作ったチョコレート菓子を見つめる。
ガイは小さく微笑むと言った。
「君は、ちゃんとそう思って作ったんだろう?・・・なら大丈夫だ」
「ええ・・・そうですわね。ありがとうガイ。なんと感謝していいのか・・・」
「気にしないでくれよ。君の役に立てたなら嬉しいさ」
大切そうに作ったチョコレート菓子を抱えた少女を見送ると、手元に残った自作チョコレート菓子。
「(バレンタインチョコ・・・か)」
ガイは部屋に戻らず宿を出た。
「姉上」
今日のホドは晴れ。少し肌寒いが少し動いていれば快適である。
しかしメイド達はどこかそわそわし、お互いにひそひそ話。
不思議に思ったガイはマリィに声をかけた。
「どうしました?ガイラルディア」
「えっと・・・メイド達がいつもと違います」
どこがどう違うのか問われると、答えられないけれど。
ガイはなんとか自分の言いたいことをマリィに伝えようと考える。
そんな弟の様子を見て小さく微笑むと、しゃがんで弟の頭を撫でた。
「明日になればわかる。今日は見逃してやりなさい」
「は、はい・・・」
どうも納得いかないが、そう言われてしまっては仕方が無い。
ガイは立ち去るマリィの背中を見つめていた。
明日になればわかるということはきっと明日は何かがあるということだ。
マリィが教えてくれなかったとなると、きっとメイド達も教えてくれない。
じゃあ。
ガイはパタパタと屋敷の走り回って頭に浮かんだ人物を探した。
屋敷の中を軽く回った後に外に出ると、その後姿を確認して思わず足を速める。
「ヴァンデスデルカっ」
主人の声を耳にしたヴァンは構えていた木刀を下げるとガイに視線を落とす。
「ガイラルディア様」
自分より小さな主人は肩で息をして調子を整えている。
最後に大きく息を吐き出すと、ようやく話し始めた。
「ねぇヴァンデスデルカ。明日は何かお祭りがあるの?」
「祭り・・・?そのような予定はないはずですが・・・・・誰からきいたのです?」
祭り前日にしては準備をしている気配はないし、何よりも前もって連絡があるはずだ。
うーん、とガイは眉をひそめた。
「別に誰が言ってたってわけじゃないんだけど・・・なんだか皆がいろいろ話してるから。姉上が、明日になればわかるって」
「そうなのですか・・・?残念ながら私にはわかりません。明日を待つしかないでしょうね・・・」
「そっか・・・」
しゅんっ、とガイは悲しそうに顔を下げた。
ヴァンはなんだか自分が落ち込ませたような気分になり、困ったようにガイの頭を撫でる。
「そう落ち込まないで下さい。さあ、ガイラルディア様。屋敷に入りましょう」
「うん・・・」
ヴァンはガイの手を取って屋敷へと入っていった。
そして翌日。
一晩過ぎたことですっかり疑問を忘れていたガイはヴァンに本を読んでもらっていた。
「ガイラルディア、ヴァンデスデルカ。ちょうど良かった」
本に視線を落としていた二人は、声が聞こえてそちらに視線を移す。
そこには大きな紙袋を手にしたマリィがいた。
「本日はバレンタインデーです。2人とも、受け取ってください」
紙袋から綺麗に包装されている箱を取り出し、マリィは2人に手渡した。
「ありがとうございます。マリィベル様」
「いいえ。大した物でなく申し訳ない。それでは私はこれで」
紙袋は空になった気配がない。これからまた別の人物に渡しに行くのだろう。
マリィは静かに部屋を出た。
それを見送ると、ヴァンはふと自分の主人に目をやる。受け取った箱を見ながら首を傾げていた。
それを見て、昨日のやりとりを思い出す。
なるほど。バレンタイン前でそわそわしているメイド達を見て疑問に思っていたのか。
「ねぇヴァンデスデルカ・・・ばれんたいんでーって何・・・?」
「バレンタインデーとは、バレンタインという人物の処刑された日です・・・・・・が、今では好きな人物にチョコレートをあげるというのが一般的ですね」
「チョコ・・・?」
ガイは姉から貰った箱を小さな手で丁寧にあける。
包装紙をとり、箱をあけてみるとそこにはハート型のチョコレート。
しばらくぼーっとチョコレートを見ていたガイだが、突然はっとなってガバッとヴァンに向き合った。
「ごめんヴァン!!」
「ガ、ガイラルディア様・・・?」
「今日がそんな日だって知らなかったから・・・ヴァンデスデルカにチョコ、用意してない・・・」
ヴァンは目を丸くして落ち込んでいる主人を見た。
好きな人物にチョコレートをあげる行事ときいてその答えを出してきたガイに口元が綻ぶ。
ガイの頬に手をあてて顔を上げさせると、優しく微笑んだ。
「そのお気持ちだけで私は十分嬉しいです。ガイラルディア様」
「で、でも・・・・・・・じゃあ、次のバレンタインには絶対チョコを用意する!」
なんとかして自分の気持ちを伝えようと、ガイは興奮して話す。
「そうですか。楽しみにしています」
ヴァンは微笑んだ。
結局ホド戦争の勃発でヴァンとは離れ離れになり、再会した頃にはすっかり記憶から抜け落ちていて。
「・・・まさか今になって思い出すとはねぇ」
ふらふらと宿を出て港まで歩いてきてしまった。
さすがにこんな夜も夜、人の姿は見えず、波の音だけが耳を掠る。
あの時とはもう関係が違う。長い月日も流れていった。
世界を守るために世界を破壊しようとする彼は、もう昔の彼ではない。
もう・・・彼ではない。
「・・・まあ、約束しちまったからな」
あのときの微笑みが繊細に思い出される。優しくて、頼りになった、幼馴染。
「受け取れよ。手作りだぜ?」
ガイは先ほど作ったチョコレート菓子を思いっきり海へと投げた。
海に落ちるより先に、闇に飲み込まれて姿が確認できなくなるが、ボチャンと水の音がして海の底へ向かっていったのが確認できた。
「・・・・・・・・・馬鹿野郎」
優しかった彼はもう思い出の中にしかいない。
・・・もう、いないのだ。
|