seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
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■バレンタイン

「これ、本日男性のお客様にサービスです。一緒にいれておきますね」
薬の補給でアイテムショップを訪れていたアッシュは店員から品物を受け取る直前に、購入物以外を袋にいられて眉をひそめる。
「なんだそれは」
「今日はバレンタインですので、チョコレートをお配りしているんですよ。もし食べないようでしたら誰かにあげてしまってもかまいませんからね」
若い店の女はにこりと笑いアッシュに品物を渡した。
別に頑なに拒む理由もなかったのでアッシュはそのままチョコレートと品物の入った袋を受け取り、店を出る。
「(バレンタイン・・・そうか、今日が・・・)」
特に日付など気にしないで生活しているアッシュは別に今日が何の日であろうと関係がなかった。
ただ、数日前の出来事が頭を過る。
アッシュは顔をしかめた。



宿をとり、アッシュは1人部屋にいた。
連日野宿だったので久々のベッドだ。小さくため息をついてそれに座る。
特にすることはなかったので、そのまま寝てしまおうか。そう思ったときだった。
「・・・?」
アッシュはふと何か聞こえた気がして部屋を見渡す。しかし特に変わった様子は無い。
・・・シュ・・・・・ッ・・・・・シュ・・・
気のせいかと思ったそれはだんだん音量を上げる。窓の外だろうか・・・そう思って立ちあがろうとしたとき、頭の中にそれが響いた。
『アッシュ!!!!』
「!?」
頭の中に直接響き渡る声。これはローレライのものではない。それでも、聞き覚えのある声。
しかし、こんなことがあるのだろうか。アッシュは驚きを隠せない。
『アッシュ!!おいアッシュ!!!!聞こえてるんだろアッシュ!!!!』
「うるせえ!レプリカがごちゃごちゃ騒ぐな!!!」
『!?アッシュか・・・!!マジでアッシュか!!!やった・・・!』
考えている最中に騒がれたので怒鳴ってみれば、どらやら相手はこちらに声が伝わっていることを知らなかったようだ。
・・・アッシュはそのまま無視すれば良かったと心の中で舌打ちをした。
今までこちらから連絡することはあっても相手から連絡がくることはなかった・・・いや、しようとしていたらしいができないようだった。
アイツがレプリカで、俺がオリジナルだから。そう思っていた。しかし。
偶然か、それとも火事場の馬鹿力よろしく大ピンチか。だがピンチにしては悠長すぎる。
何を考えてもイライラするのでアッシュはさっさとこの会話を終わらせようと話を振った。
「何の用だ」
『用っていうか・・・もうすぐバレンタインだな』
「・・・?・・・・そうなのか・・・?それがどうした」
何か深い意味があるのかと思考を巡らせるが特に何も思いつかない。
『いやー、お前絶対忘れてると思ってさー。ちゃんと用意しててくれよ?』
「・・・何をだ」
『チョコレートに決まってんだろー?』
チョコレートを用意する?
アッシュはルークが何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
たしか、バレンタインというものは女が好きな男にチョコレートを送る日ではなかったか。それとも記憶違いか・・・?
行事ものに疎いアッシュはバレンタインが何の日なのか思い出すところから始まった。
もしもアニスやガイがいれば丁重に突っ込んでくれただろうが、生憎2人はいない。
「何故俺がチョコレートを用意する必要がある」
『何故ってお前、バレンタインだからじゃねーか』
「・・・・・・・???」
理解できない。何を言っているんだろう。
ここでまたアッシュはバレンタインの行事内容の変化が頭を過った。
やっぱりチョコレートの意味が数年で変わったのだろうか。しかし・・・
アッシュが自分の言葉を理解していないのを感じるのか、ルークはあーもー!と少し苛立った口調で叫んだ。
『俺はお前が好きなんだよ!!!』
「は・・・!?な、なな何を言い出す屑が!!!バレンタインと関係ないだろーが!!」
『大アリだっつーの!!!!だから!!お前のチョコがバレンタインに欲しい!!!』
「う、うるせぇレプリカが!!!何言ってやがる!!!!!!!!」
ストレートすぎるルークの言葉に混乱し、アッシュは自分でも何を叫んでいるのかわからない。とりあえず否定しないと・・・そう思ったが咄嗟に否定の言葉は出てこなかった。
『そーゆーことだから!!用意しとけよ!!!じゃあな!!!』
「あ、お、おい!!!!」
連絡が途絶えた。
一体なんだというのだ。
「・・・チッ」
アッシュはそのまま不貞寝同然で乱暴にベッドへ横になった。



そして朝起きてみるとすっかりそのことは忘れていたのだが。
「(・・・そもそもバレンタイン当日何処にいるかもわからないのに何故あんなことが言えるんだ・・・)」
アッシュは先ほどの袋の中から小さな箱を取り出す。
ピンクの包装紙に包まれてチョコレート。
こんなもの貰って嬉しいものなのだろうか・・・アッシュは首を傾げる。
「アッシューーーーー!!!!!」
「!!!?」
後方から突然名前を呼ばれ、アッシュは慌ててチョコレートを袋の中に戻す。
その声の主は、今まさに脳裏に浮かんでいた人物だった。
同じ髪で、同じ顔の。
「アッシュ!」
駆け寄ってきたルークはその勢いで持っていたものをバサッとアッシュの胸元に推しつけた。
「・・・花束・・・・・・??」
アッシュは反射的に受け取り、それを眺める。
さまざまな色の、さまざまな種類の花が押し込まれているような、統一感の無い花束。
全体を見るとうるさく感じるが、一つ一つの花は特徴的で美しい。
「悪いな。俺、花とか全然知らねーから俺が綺麗だと思ったやつをまとめたんだ」
なるほど、それでまったく統一感がないのか。アッシュは納得する。
そこは納得できたが、それ以前に納得できないことが。
「・・・これはなんだ」
「何って、花束だろ」
「そーゆーことじゃねぇ!」
「・・・バレンタインにな、好きな人に花を贈る習慣がある地方があるんだって。ガイに聞いたんだ。やっぱ・・・俺、お前に何かあげたいと思ってさ」
ルークは渡した花束を見つめて告げる。
言葉だけじゃ足りない。もっと、なんとかして自分の気持ちを伝えたい。
それは、多分自己満足なんだろうけど、自分の言葉が真実であることを伝えたかった。
「俺・・・お前のこと好きだから」
「・・・・・・・・・・ふん、くだらんな」
アッシュはルークに背を向けてその場から離れる。
これでもいい。
相手にきちんと自分の気持ちを伝えることができたから。
ルークがアッシュの背中を見つめていると、そっちの方から何かが飛んでくる。
「?これは・・・・」
キャッチしたそれを見てみると、可愛らしく包装された小さな箱だった。
「貰い物だ。貴様が食え。捨てられるよりマシだろう」
「アッシュ・・・・!ありがとう!!!!」
アッシュは振りかえらない。しかしルークにはアッシュが顔を赤くしてるであろうことが想像できて微笑む。
次に会う時にどんな関係になっているかわからない。でも、一瞬でも自分の想いが相手に伝わったのならば。
アッシュから貰ったチョコレートを見つめ、ルークは満遍の笑みを浮かべた。



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