■スケッチブック
部屋に入ってふといつもは目に入ってこないものが目に入ってきたので思わず目がいった。
「あれ・・・陛下、これは?」
「ん?ああ。メイドにもらったんだが・・・俺は絵心ってもんがないからなぁ。使い道が無い」
それはシンプルな表紙の何処にでもあるようなスケッチブック。
別にあってもおかしくないような気もするが、最近久しく見た記憶がないのだとすると今までこの部屋にはなかったのだろう。
キムラスカにいた頃はよく遊び道具感覚で手にしていた。
ホドにいた頃も、使っていただろうか。記憶は曖昧だ。
やっぱり浮かんでくるのは幼い頃のナタリアやルーク・・・そしてアッシュか。
ルークはよく寝そべって描いているうちに床にはみ出してたな・・・注意してもなかなか直らなかった。
ナタリアは女の子らしい可愛い絵を描いていたか・・・ああ、でも自分で描くよりも描かされていたな・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・っ痛・・・!へ、へひか・・・」
ボーっとスケッチブックを眺めているとピオニーに頬を引っ張られた。
顔を見ると不機嫌そうだ。何か気に障るようなことでもしただろうか・・・頬を引っ張られたまま考える。
そんな心を察したのか否か、ピオニーは言葉を発した。
「俺の前で俺に関係の無いことでそんな幸せそうな顔をするな」
言い終わると同時に手を離す。
ガイはまだヒリヒリ痛む頬をさすりながらピオニーを見る。
「・・・・・・そんな顔してましたか・・・?」
「してた」
そっぽをむいてむくれる。
・・・子供か、この人は。思ったが口に出さない。
ガイはなんとかなだめる言葉を探す。・・・本当に子供を相手にしているようだ。
しかし良い言葉が浮かぶ前にあちらから話かけてきた。その辺は子供相手との差だろうか。
「・・・何を考えていた」
「ああ・・・昔は良くスケッチブックで遊んでいたな、と・・・」
その言葉に興味を持ったようで、ピオニーは不機嫌顔を消す。
「絵を描いていたのかガイラルディア」
「絵といっても子供のラクガキですよ」
小人数、移動範囲の限られた条件となると遊びにも制限が出てくる。
だから少ない選択肢の一つだった、それだけだ。
「よーし、じゃあサフィールでも描いてみろ」
突然ブウサギを指差してピオニーは命令する。
「は?いや、陛下。だからそんな人に見せれるようなものは描けませんよ・・・」
「大丈夫だ。サフィールだし」
もしヘタクソな絵でもサフィールならなんでもないということだろうか。
・・・ガイはサフィールに同情する。
「じゃあ描きますけど・・・そんなに期待しないでくださいよ」
ガイはスケッチブックをめくる。
真っ白な紙に線を走らせた。
手を動かし、紙と鉛筆が擦れる音を耳にしながらガイはボーっと考える。
こんな線の集合体で一つのものをあらわす。そう考えると絵というものはなかなか不思議なものに思えてくる。
半分くらいまで描き終えたところで、ガイは開始直後から凝視して視線をそらさないピオニーに手をとめて話し掛けた。
「・・・陛下、そんなに見られては集中できません」
「そんなことで気を散らすな」
「・・・無茶言わないで下さい・・・・・・」
ガイが小さくため息をつくと、ピオニーはにこにこと微笑んでガイに後から抱きついた。
「それとも、見ている相手が『俺』だから集中できないのか?」
「なっ!そ、そーゆーことではありません!!」
「可愛いなーガイラルディアは」
後頭部に口付けされる。ピオニーの方を向こうかと思ったが、赤くなった顔を見られるのは癪に触るので正面を見たままで話しかける。
「・・・絵、完成しませんよ」
「ああ、そうだったな。早く仕上げろ。ジェイドに自慢しにいく」
「・・・・・・・・・・・・・・」
最後の一言が気に掛かったがガイはまたスケッチブックに目を落とす。
やはり視線が気になったがまたからかわれるのがオチなので声をかけない。
手元に鉛筆しかなかったので強弱をつけて彩度の無い絵を作り上げていく。
「・・・まあ、こんなところでしょう」
完成したものをピオニーに手渡すと、普通に感心して絵を眺める。
「なんだ、これならサフィールじゃなくてもよかったな。むしろサフィールにはもったいなかったな」
「・・・お褒めいただきありがとうございます」
誉め言葉なのか微妙な表現だが誉め言葉なのだろう。ガイはピオニーの方を向き礼を言った。
喜んでくれてる顔を見て、なんだか心が安らぐ。
こんな人の心に影響を与える表情を、きっと紙と鉛筆では表現しきれない。
「・・・あ?どうかしたか?」
知らずうちにぼんやりとピオニーの顔を眺めていたようだ。
不思議そうにピオニーは声をかけてきた。
「いえ・・・貴方は絵に描けないだろうと思いましてね」
「なんだそりゃ。絵にも描けない美しさってやつか?」
「何言ってるんですか・・・俺はブウサギの散歩に行ってきますよ」
見事に掠った言葉を受けて、ガイは頭をかきながら立ちあがった。
自分の能力が足りないから絵にできないわけではない。
きっと一流の絵師の作品を見たとしても首を捻るだけだろう。
本物しか発しないオーラがある。
そのオーラを人よりも敏感に察していて、そのオーラが他の誰よりも好いているから。
「・・・行ってきます」
「ああ、頼んだぞー」
これを本人に言ったら付け上がるだろうから、言わない。
自分がこんなに惹かれているのを認めるのが悔しいから、言わない。
たとえ事実でも・・・言わない。
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