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■「怖い思いもずいぶんしました」
「・・・意外だな」
「ふふっ・・・僕も、この能力に目覚める前までは貴方のように穏やかな生活を送っていたのですよ?」
俺は笑う古泉を見て、ますます今の話の信頼性を疑う。
こいつのことだ。たとえ指を高らかに鳴らして出ろぉ!ガンダァムと叫んだのにやってきたのがドムだろうとボトムズだろうといつもの笑顔を崩さないでいると思っていたが。
確かにこいつだって超能力に目覚めるまでは普通の生活を送っていても不思議ではない。普通の生活を送っていたということは普通の性格でもおかしくない。普通の性格ってどんな性格だよと聞かれれば、まあ普通にクラスにいそうな普通の奴のような普通の性格だ。とにかく普通だ。
古泉という人間に『普通』を当てはめるなんてとてもじゃないが想像できない。こいつが普通なら俺はなんだ。この世にある言葉で説明できない存在に成り果てる。
しかしそれは俺が『超能力者である古泉一樹』しか参考にするものが無いからそうの結論であり、過去の『超能力者ではない古泉一樹』にも当てはまるかと言われればそうとは言えないだろう。
俺だって突然そんな超能力が目覚めるなんてこと、心のどこかで少し思っちゃっていたりなんかしたとしても、実際に目覚めてしまってはパニックになるだろうな。
「それで、そんな過去を経てお前は誰にも負けない図太すぎる超人的な精神力を手に入れたってわけか?」
腹が立つくらい落ち着いた日常の態度。全てが想定の範囲内のような口調で話す古泉一樹。
それが俺の中のこいつなんだが。
「・・・そう、思います?」
「何・・・」
そんな意外な答えが返ってくるなんて思っても見なかった俺は完全に古泉から視線をはずして特に何を見るでもなかったが置いてあった棚なんかを何も考えずに眺めていたのだった。
だからどんな表情でそいつがそう答えたかはわからない。もしくはわかられないようなタイミングを図ったのかもしれない。なんだろうともう表情はわからない。
なんせ、振り向こうとした瞬間に後ろから抱きつかれてしまったのだ。
普段ならキモイ寄るな離れろと腕を振り払うところなのだが、今日はいつもと感覚が違う気がする。多分俺の気のせいだと思うが。そもそもいつもってなんだ。しょっちゅう抱きつかれてるみたいじゃないか忌々しい。
「確かに今の状況にも慣れましたし日々楽しい生活を送れている自信があります。ただ・・・・・・・少しだけ、疲れることもあるんです・・・・・・僕も、まだまだですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その声はいつものものだった。いつもの声のはずなんだが・・・・・・
俺は古泉に言葉を返さなかった。別に無視を決め込んだわけでも言葉を発するのが億劫だったわけでもない。
ただ返す言葉が見つからなかった。返す言葉の候補が少ないこともあったが、言葉を探す能力が低下していたことも原因の一つかもしれない。
今ここにいる古泉一樹は俺の知らない古泉一樹なのだ。いや、ただ知らなかっただけなのだが。
俺が知らなかったというのはこいつがいままでそれを見せる機会がなかった、もしくは見せないようにしていたというのが考えられるが・・・・・・仮に後者、だとして。いままで見せないようにしていた部分を見せてきた、ということだとして。
・・・返す言葉が見つからなかったので、代わりになるかどうか謎であるが俺は古泉の腕を軽く掴んだ。
なんだろうな。俺は過去に感じたことのないような感情に襲われている。
過去に感じたことがないのでこれをなんというのかはよくわからないが、近しい言葉に置き換えるのならば・・・心が、痛い。
涼宮の無茶苦茶な作戦に巻き込まれている朝比奈さんを見て感じるそれとはもちろん違うもので、俺は戸惑っていた。
これは、古泉の感情が俺に流れ込んでいるなんてずいぶんぶっ飛んだ考えが一番濃厚だなんて思ってしまった俺も来るところまで来てしまったか。ああどこまで落ちれば気が済むんだか。
それでも俺はそのままの体勢でありのままを受け入れて、俺の知っている古泉一樹が戻ってくることを心底望むのだった。
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