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■ハロウィン
「あいつさっぱりわかんねぇ・・・」
ブツブツとつぶやきながらジェレミーは通称猫部屋へ自分の部屋の如く入る。
中にはトリスタンとトラヴィスがいて、何故かいるはずのネコボルトの姿が見えない。
リーダーに連れまわされてでもいるのだろうか。
ジェレミーの呟きに答えてくれたのはトリスタンだった。
「ゴホッ・・・何かあったのですか?」
「いや・・・ただ歩いていただけなんだがよー。いきなりミツバがビスケットだのチョコレートだのわたしてきてな?意味がわからねぇよ」
たしかにジェレミーは小さなラッピングされている袋を片手に持っている。トリスタンも首を傾げた。
「それはヘンですね・・・ゴホッ・・・渡されるときに何か言ってませんでしたか?」
「んー・・・そうだなぁ・・・何か呪文みたいなことを言わされたな」
なんだかんだ言いつつ、ちゃっかりもらったお菓子を食べながらジェレミーはミツバとのやりとりを思い出した。
「呪文?」
「ああ。たしか・・・・えーっと・・・・・・・・・・とりーとめんと・・・?」
「・・・トリックオアトリート」
黙って2人のやり取りを聞いていたトラヴィスがボソッと呟く。
その言葉にジェレミーはおお!と顔を明るくしてトラヴィスを指差した。
「それだ!!その・・・とりっくあすりーと・・・・」
「トリックオアトリートですよ・・・ゴホッ、そういえば今日でしたか」
1人納得するトリスタンに、ジェレミーは不思議そうな顔で訊ねる。
「なんだよ。何かあんのか?」
「今日はハロウィンですよ。ゴホッ」
「・・・ハロ・・・・・」
「・・・・・・・しらないんですか?」
ボーっと思考を巡らせているジェレミーにトリスタンは眉をひそめて言った。
ジェレミーはハッとなって慌ててしゃべりだす。
「ち、ちが・・・も、もちろん知ってるぜ!ハロウィンだろ!ハロウィン!!ただちょっとド忘れしたっつーか・・・・その・・・きいたことないっつーか・・・」
だんだんと声量と目線が下がっていく。
トリスタンは意外そうな顔でジェレミーを見た。
「・・・ハロウィンとはまあ・・・なんと説明すべきでしょうか・・・ゴホッ」
「ハロウィンは万聖節の前夜祭だ。秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す祭りだな。古代ケルト暦だと今日が1年の終わりにあたる。祭り用の食料を貰って歩いた農 民の様子を真似た中世のなごりから、仮装したした子供達が練り歩き、『Trick or Treat』と言ってお菓子をねだる・・・のが現代の一般的な催し・・・・」
めずらしく良くしゃべるトラヴィスを2人は物珍しそうに眺める。
その視線に気がついて、トラヴィスは抱きかかえていた猫に視線を移す。
「俺は・・・ジェレミーが真っ先にお菓子を奪いにくると思って・・・用意していたんだが・・・」
「ああ、私も・・・ゴホッ・・・数日前に用意していましたが、今日がハロウィンだってことをすっかり忘れてました」
2人の発言にジェレミーはムッとする。
「なんだよ。だってお菓子をねだって歩くのはガキなんだろ?俺が何歳だと思って・・・」
「なら、これを来て廊下をただ歩いてみるといい・・・」
ジェレミーの言葉を遮り、トラヴィスはジェレミーにスッと紙袋を渡す。
紙袋の中身をのぞきながらジェレミーは言う。
「なんだよこれ」
「・・・・・・・・仮装セット・・・・・・」
紙袋の中身は短いマントと、魔女がかぶっているような先端のとがっている帽子だった。
「だから俺はガキじゃないって何度も・・・」
「いえ・・・仮装なら・・・ゴホッ、大人がパーティで披露したりしますよ・・・ゴホ」
「何も言わなければ・・・ただ仮装してるだけ・・・菓子類も貰えないはず・・・」
2人の顔と、手に持った衣装を交互に見ながらジェレミーはしばらく迷っていたが、勢い良くとんがり帽子をかぶった。
「ぜっっったい手ぶらで帰ってきてやるからな!!!」
そう言い残すと、ジェレミーは乱暴にドアをあけて、閉じることなく大またで歩っていった。
「・・・・・・ところでトラヴィス・・・」
「なんだ・・?」
「ゴホ・・・何故あんな衣装持っていたのですか・・・?」
「貰った・・・」
「誰から・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
2人が長い沈黙を作っている最中に、ズンズンと大きな足音が聞こえてきた。
「ん・・・帰ってきた・・・?」
「そのようですね・・・ゴホ」
2人が開きっぱなしのドアに視線をそそいでいると、行きと同じようにとんがり帽子をかぶったジェレミーが、不機嫌顔で現れた。
・・・両手いっぱいにお菓子をかかえて。
「ふざけんなよ!俺何も言ってねェじゃねーかよ!!俺はガキじゃねーよ!!チックショー!!っつーかなんでみんなあんなにお菓子なんて所持してるんだよ!!」
怒り口調でどさどさと持っていたお菓子を手放すと、ジェレミーはようやく部屋のドアを閉めた。
「それは・・・いたずら防止・・・」
「はぁ?」
トラヴィスの言葉に、トリスタンが付け足す。
「ゴホ・・・Trick or Treatとは『お菓子をくれなければいたずらするぞ』と言う意味で使われていて・・・ゴホ・・・・まあ、あの人がこんな行事見逃すわけがないですからね・・・」
「あの人・・・?」
ジェレミーが疑問符を浮かべていると、部屋のドアが勢い良く開かれた。
「トリックオアトリート!!」
元気いっぱい、笑顔満開でそう叫んだのは、我等のリーダーアルトである。
服装は・・・吸血鬼をイメージしているのだろうか。いつものものとは違う。
「・・・ハッピーハロウィン・・・・・」
立ちあがったトラヴィスは、アルトに紙袋を渡した。
それにならって、トリスタンも用意していたものを、ジェレミーは先ほどもらったお菓子の中のものを使いまわしてアルトに渡す。
「ありがとう。なーんだ・・・ここもお菓子用意してるわけ?あーあ・・・誰か用意し忘れた人いないかな・・・それじゃ、僕まだいろいろ回らなきゃだから。バイバーイ」
満遍の笑みを浮かべて、アルトは嵐のように去っていった。
足音が完全に聞こえなくなったところでジェレミーは顔色を悪くして呟く。
「・・・・・・・・俺、危なかったよな・・・・確実に・・・」
「そうですね・・・ゴホ・・・危うくいたずらの対象に・・・・・・・もしかして・・・これを見越してお菓子を・・・?」
トリスタンは、封のあいている先ほどジェレミーがミツバから貰った紙袋を見ながら呟いた。
ジェレミーはまさか・・・と呟く。
「ミツバがそこまで考えるかよ・・・・」
「・・・それも、そうですね・・・ゴホ」
「・・・いや・・・」
さっさと元の場所で猫と戯れていたトラヴィスが口を開く。
「あん?どうかしたかトラヴィス」
「・・・・・・・・・・なんでもない・・・」
「ふーん・・・・?」
ジェレミーは大して深く訊くことなく、クッキーに手を出すのだった。
「あー、いたいた。ねぇねぇ。これをあの色男に渡してくれない?」
トラヴィスが猫部屋でまんじゅうを食べているときに、めずらしくミツバが声をかけてきたのはハロウィンから数日前である。
「・・・・・・?」
とりあえずミツバから紙袋を受け取るが、トラヴィスは疑問がいっぱいである。
「あー、それね。安心して、別に爆発したりしないから。ただの仮装セットだよ」
「仮装・・・?・・・・・・・何故ジェレミーに・・・」
「うーん、私の予想だけどね。あいつ、ハロウィン知らないんじゃないかなーって」
人差し指を顎に乗せて、ミツバはジェレミーを思い浮かべる。
トラヴィスもジェレミーを思い浮かべるが、むしろ逆の発想しか出て来ない。
「俺は・・・朝起きてすぐにお菓子をねだりにきそうな印象が・・・・」
「あっはは!たしかにねー。でも、まあ万が一よ。アルト様って美青年いびりが趣味みたいだから。貴方も当日気をつけた方が良いわよー?」
ひらひらと手を振り、ミツバはその場を去っていったのだった。
「・・・・・・・・・・鋭い予想だな・・・」
「ん?何かいったかー?」
「いや・・・」
「トラヴィスも食えよー。さすがにまんじゅうは貰えなかったけどよ」
「ああ・・・」
影の活躍でアルトからのいたずらを逃れたカモの色男は、歳に不釣合いな笑顔で穏やかなハロウィンを過ごすのだった。
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