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■恒星
「夜って感じがするな」
会話の途中ではなく、静かな部屋で各々が自由に行動していたときにポツリと言われれば、誰だって意味がわからない。
長い間そばにいて、なんとなく相方を理解してきたがさすがにこれは主語を察しきれない。
「何がだ?」
シグルドは読んでいた本から目を離し、ハーヴェイにききかえす。
ちなみに今は昼真っ只中である。
ハーヴェイは座っている椅子をカタカタゆっくり前後に揺らしながら天上を見ながらのんびりとした口調で言う。
「いやー、お前がなんか夜って感じがしてな」
「俺が?」
突拍子もない答えだ。察することが出来ないのも当然至極。
しかも意味がわからない。
「ほら、夜ってなんかいいだろ?」
「・・・ハーヴェイ、アバウトすぎて俺には理解できないんだが・・・」
シグルドはひきつった笑みを浮かべながら、当分続きを読めそうにない本を机の上へと置いた。
ハーヴェイの方は、眉をひそめて腕組みをしながら困ったように唸っている。
「なんて言ったら良いのか・・・こう、うまい言葉が浮かんでこないんだよなぁ・・・」
「まあ・・・俺が夜ならばお前は昼だろう・・・と、言うよりも太陽か」
小さく笑ったシグルドは目を伏せて独り言のように呟いた。
自分で突拍子も無いことをいっておきながら、自分が比喩されるとは思っていなかったのか、ハーヴェイはきょとんとシグルドを見つめた。
「太陽・・・か・・・?」
「ああ・・・太陽だ。全てを明るく照らす太陽。大きく、時に日差しが強かったりもするが・・・無くてはならない存在。俺が夜なのならば、太陽と出会ったことで夜明けを迎えている。俺は・・・お前に出会って変わった」
すらすらと出てくるシグルドの言葉に、ハーヴェイはぽかんと口をあける。
そんなハーヴェイに気づいたシグルドは小首を傾げる。
「どうかしたか?」
「いや・・・よくもまあそんな・・・いろんな言葉が出てくるなと思ってよ・・・」
「思ったことを述べたまでなんだがな・・・」
今度はシグルドが眉をひそめて考え込む。そんなシグルドの横で、ハーヴェイはすくっと立ちあがった。
「まあ、お前の言葉で俺も言葉が思いついたぜ?夜じゃねぇや・・・お前は月だ」
誇らしげな笑みを浮かべ、ハーヴェイは座っているシグルドを見下ろした。
「月・・・?」
「月だ。闇の中で綺麗に光る月。静かで、当たり前のように存在するがないと物足りないっつーかなんっつーか・・・綺麗な光・・・」
自信満々な表情を浮かべていた割にはたどたどしい比喩表現に、シグルドはくすりと笑う。
そしてまた言葉を探して唸り始めたハーヴェイに言う。
「ハーヴェイ、知っているか?」
「ああ?何がだ?」
「月というものは恒星ではない。ただ地球の周りを公転している衛星にすぎない・・・」
「こうせい・・・・・こうてん・・・・?」
わからない単語のオンパレードにハーヴェイは眉間にしわを増やし、クエスチョンマークを浮かべる。
それに苦笑すると、シグルドは言葉を変えて話を進めた。
「月はそのものが光っているわけではない。光が反射して、月が光って見えるんだ」
「へぇ・・・?じゃあ光がなかったら月は光らねーのか・・・?」
「ああ。その光が・・・太陽の光ってわけだ。だから、案外その比喩は正解かもしれないな」
とっさに理解は出来なかったが、何度か頭の中で言葉を反芻して、シグルドの言わんとしていることをハーヴェイはつかむ。
太陽がなければ、月は輝くことができない。
少し考えて、ハーヴェイはやれやれといった表情でため息をついた。
「少し俺を評価しすぎなんじゃねーか?」
「そうだろうか?」
「もしくは自分を酷評してるかだな」
「・・・きびしいことをいうな・・・」
苦笑いするシグルドを横目にみながら、ハーヴェイはぽつりと言った。
「・・・・・・・太陽だって、月がいないと明るさが際立たないんだぜ、きっと」
ハーヴェイの言葉にシグルドは不思議そうな顔をして、まじまじと立っているハーヴェイを見上げた。
その視線で急に恥ずかしくなったのか、ハーヴェイは急いで視線をそらしながらも頬を赤くする。
そして慌てたように何か言い訳しようとした。
「だ、だから別に・・・その、だな・・・・ああ、もういいじゃねーかよ別に何かに例えなくてもよ!」
「・・・・・・・・・お前が言い出したんだろうが・・・大体お前は自分からわけのわからないことを振っておきながら結局・・・・・・っ!」
説教口調で言うシグルドの唇を、ハーヴェイは自分の唇でふさいだ。
軽く、触れる程度のものであるがシグルドを驚かせるには十分だった。
「いいじゃねーか。なんだって」
目を丸くしていたシグルドだったが、ハーヴェイがふっと笑ってみせると表情を緩める。
「まったく・・・かなわないな」
シグルドのため息まじりでの降参発言に笑顔を作り、ハーヴェイは言った。
「勝とうって気もないクセに」
「そうだなぁ・・・・・・・・・・」
シグルドは静かに立ちあがると、ハーヴェイの唇に自分の唇を重ねた。
しばらくしてハーヴェイを解放すると、シグルドは唇の端を吊り上げて笑う。
「お返しだ」
「・・・・・こーゆーのって仕返しって言わないか?」
顔を赤くし、口元に右手を当てながら、ハーヴェイは目をそらしながら呟く。
それをきいたシグルドはクスッと笑った。
「そうとも言うな」
「ったく、かなわねぇよ・・・」
「お互い様だろ?」
「ほんとにな」
2人は顔を見合わせて笑い合った後、どちらからともなく口付けを交わすのだった。
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