seepking indexへ text blog off link このぶつかり合い…格別だ!
off

■距離

完全に太陽が沈み、辺りが暗くなってから外に出ようとする人間は多いわけではないだろう。
さらに今夜は黒い雲に覆われ、星も月もみることができない。
それよりもなによりも、船内にいても聞こえてくるような強風が吹き荒れている。
人の気配もなさそうな甲板に足を運んだのは長年付き合って得たものなのか、もっと他のものが原因なのか。
凄まじい唸りをあげている風に服も髪も複数の方向になびかせてハーヴェイは腕組みをした。
「部屋にいないと思ったらこんなところにいやがって。何やってんだ」
風にかき消されないように少し声を張り上げる。それでも聞き取りにくいほどに風にいたずらされていたが、相手には聞こえていたようだ。
ゆっくりを振りかえった相手は、ハーヴェイと同じように強風にあおられる髪を片手で押さえながら困ったような微笑を浮かべた。
「そうだなぁ・・・あえて理由をつけるなら・・・・・・・・夜風にあたりにきた」
「こんなアホみたいな夜風にあたりたいと思う奴がどこにいるんだよ!!!」
「お前の目の前に」
ハーヴェイの怒り口調にも動ずることなく、シグルドは微笑を崩さないで言い返す。
そんな様子のシグルドに、ハーヴェイは呆れ顔を作った。
「ずいぶんマニアックな趣味だな」
「別に趣味じゃない」
シグルドは言いながら、視線を海に戻して甲板の柵に腕をのせた。
・・・つまり、まだ部屋に戻る気はない、と。
しばらくシグルドの背中を眉をひそめながら見ていたハーヴェイだったが、小さいため息と共にシグルドの横に移動した。
そんなハーヴェイをちらっと見、元の視線に戻すとシグルドは言った。
「・・・戻らないのか?」
「そりゃこっちの台詞だっつーの」
「すごい風だぞ?」
「うんざりするほどわかってる」
ハーヴェイも海を見つめながらつんけんと返事をする。
これ以上何を言っても無駄だと悟ったシグルドは小さなため息をついて口を閉じた。
吹き荒れる風、荒れ狂う海。耳にまとわりつく二つの音があるにもかかわらず、まるで静寂が続いているかのような空間。
人の声がないとこんなにも違うものなのか。
こんなところに長居したいなんて思わない。
長居させたいとも・・・思わない。
何故こんなところへくる?
何故1人になろうとする?
「・・・残念だったな」
「?何がだ」
通常の場所で話すような口調だったが、シグルドの耳にはきちんと届いたようだ。
その音量のままハーヴェイは続けた。
「1人っきりになれなくて」
「それは・・・」
シグルドはハーヴェイの方に視線を移す。ハーヴェイは真正面を向いたまま不機嫌顔で海を睨んでいた。
「お前は1人でいるのがそんなに好きか?1人でいるのが楽なのか?俺は邪魔なのか?」
「ハーヴェイ」
「だったら俺は・・・・・っ!?」
顔を両手でつつまれて方向をかえられて、シグルドの唇でハーヴェイの唇はふさがれた。
耳に入ってくるのは妙にはっきり聞こえる風の音、波の音、胸の鼓動。
ハーヴェイを解放すると、シグルドはハーヴェイをやさしく抱き寄せた。
「シグ・・・」
「俺にはお前が必要だ・・・お前がいなかったら俺は俺を保っていられない」
「なっ・・・ん・・・・お、おま、いきなり何をいいだすんだよ!」
ハーヴェイは突然の言葉に顔を真っ赤にする。
表情は見られない体勢だが、明らかな動揺が言葉にあらわれていた。
「真意を伝えたまでだ」
「だったらなんで1人になろうとするんだよ」
「それは・・・・・・その・・・お前に見られなくない・・・というかだな・・・あの・・・」
気分が沈み、過去や現在に縛られている弱い部分を。
どんどん音量を下げ、最後の方はほとんど言葉になっていない。
「・・・自覚あったのな・・・・・・じゃあ話は簡単だ」
「?」
ハーヴェイはシグルドから身を離し、シグルドの顔を下から見上げ、勝ち誇ったような顔をして言う。
「これからぜってー1人になるな。お前の場合1人になるとどこまでも沈んでいくからなぁ・・・俺が引きずりあげてやる」
その言葉に、しばし間を置いた後、シグルドは笑顔をつくった。
「それは頼もしいな」
「お前が逃げようが隠れようがつかまえてやるよ」
「・・・ありがとう」
素直に礼を言われ、ハーヴェイは少しくすぐったく感じ、視線をそらして頬を赤く染めた。
「さ、さて・・・もう戻ろうぜ?うるさくって仕方がねぇ」
「そうだな」
弱い部分を隠そうと思うのが自分。
弱い部分を知ろうとするのが相手。
全てを晒すことができれば、どれほど距離が近づくのだろうか。
いけるところまで・・・近づいてみたい。


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