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■人類の夢
「・・・・・・馬刺しが食べたいなぁ・・・」
ガイエン組と食堂で昼食を食べていたアルトは焼きそばを食べながら唐突に呟いた。
「いきなりなんで馬刺しの話になるのよ・・・」
「アルト、馬刺しとは何ですか?」
すぐに反応を示した女性陣の質問にアルトはまとめて返答する。
「馬刺しっていうのは馬のお刺身だよポーラ。馬刺しを食べたくなるのに理由なんてないだろ?ジュエルだって唐突に食べたくなるクセに」
「ならないわよ!;」
「お刺身・・・ですか・・・」
「でも馬刺しなんてそうそう売ってるものじゃないだろ?」
「そうだよな。俺、食べたことないぜ?」
遅れて話に乗ってきた男性陣の言葉に、アルトはそれなんだよ!といきなり席を立ちあがり、あらぬ方向を指さしながら何かの宣言の如く高らかに言った。
「僕も馬刺しを食べたことが無い!まんじゅうとバナナがごちそうだったんだ!!だから今!!この瞬間!!!僕は死ぬ前に一度でいいから馬刺しを口にしたい!!!そう思ったんだ!!!」
「・・・今思ったのかよ」
「普通そーゆーのって子供の頃からの夢、とかじゃないの・・・?」
「子供の頃からの夢が馬刺しっていうのもどうかと思うのだが」
「・・・・・・このバナナ、おいしい・・・・」
ツッコミを入れる者、ツッコミにツッコミを入れる者、マイペースにデザートにさしかかっている者の言葉を無視してアルトのなんちゃって宣言は続く。
「よし!!!馬を狩ろう!!!!!」
「「「(狩るのかよ・・・!!!!)」」」
「でもリーダーがこの船を離れるわけないはいかない!!!誰かに狩ってきてもらおう!!!!」
「「「(嘘だ!自分でいくのが面倒なだけだ・・・!!!)」」」
「・・・このドラゴンフルーツ、おいしい・・・・・・」
・・・三人の心限定でガイエン騎士団は一つになった。
反論すると災難が降りかかるのが目に見えているのでツッコミを心の中だけにとどめているのはさすがといえよう。
「よし、善は急げだ・・・・・あ!!!テッド!!テッド!!!ちょうどいいところに!!!」
ちょうど運悪く食堂に入ってきたテッドが目が入り、アルトはテッドに駆け寄った。
もちろんテッドは嫌そうな顔をする。
「・・・なんだよ」
「テッドお願いがあるんだ。ちょっと狩りを頼みたい!」
「断る」
間を置かずにテッドは答える。これぞ即答。
しかしアルトが折れるわけもない。
「そこをなんとか!一生のお願いだよー」
どこかの誰かさんのような口調で言い、アルトは両手を合わせた。
なんとなくムッとくるのは気のせいだろうか・・・テッドはそう思ったが心の中にしまっておく。
「大体なんで俺なんだ・・・?他にも大勢いるだろう」
「他って・・・君とアルドとフレアと・・・・痛っ!!いきなり何するんだよ!!」
アルトはテッドに無言でパンチを食らったみぞおちをさする。
「弓イコール狩りと言う公式を捨てろ!!」
「えー、適任だと思うんだけどなぁ・・・・・」
「絶対に嫌だ!!!」
「じゃあこうしよう!!!今度とれたマグロ1匹丸々君にプレゼントだ!!どうだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌なものは嫌だ!他の奴に頼め!!」
遠くで聞いていたジュエル、タル、ケネスが心の中で「今の間はなんだ」とツッコミを入れつつも、アルトは不満そうな顔をしながらしぶしぶ諦め、自分の席に戻った。
「駄目だってよー。まったくもう・・・マグロ1匹じゃ足りないのかなぁ・・・」
「「「(量の問題じゃないのでは・・・!?)」」」
自分に目を向けられるのが嫌な3人は相変わらず心のツッコミを入れる。
そのツッコミっぷりも板についてきた。・・・嬉しくはないだろうが。
「アルト、頼むのならば断らなそうな人にすべきだと思います」
「断らなそうな人・・・?」
「はい。アルトはリーダーです。ならば主従関係を体験したことのある人ならばアルトの言うことをきいてくれるはずです」
「・・・・・・そうだよね・・・・ほんとだよ・・・!ポーラは良いこというなぁ・・・じゃあ僕、ちょっと頼んでくるね!!!」
爽やかな笑顔を浮かべてリーダー様は軽快な足取りで食堂を後にした。
それを見届けた途端、ジュエル、タル、ケネスはどっと疲れ、肩を落とした。
「な、なんとか嵐が過ぎ去った・・・」
「ポーラのおかげでな」
「?私が何かしましたか・・・?」
「ポーラ、お手柄よ」
「?」
多少被害者を案じつつ、3人は胸をなでおろし、1人はマンゴーを食べるのであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヘルムートは硬直していた。
食べていたパンから異物混入ではすまされないほどビッグな紙が出てきたからだ。
しかもでかでかと『甲板で待つ!』と果たし状の如く一言が書かれている。
ヘルムートはフッと笑う。
「そうか・・・そうだよな・・・・・・たしかにこの船の人間は俺なんかに好意的だが、全員が全員そうである、というわけではないだろう・・・・」
ヘルムートは呟きながら果たし状(仮)をしまい、甲板へ向かった。
相手は誰だろうか。違う武器を持つものだった闘いにくいな・・・そんなことを考えながらヘルムートが甲板に行くと、そこには意外な人物が立っていた。
「な・・・・・・」
ヘルムートは立ち尽くす。まさか。そんな。
「ん?ヘルムートじゃん。何でこんなところにいるんだ?あ、もしかしてお前が・・・」
ヘルムートは甲板にいた人物・・・・・・ハーヴェイの言葉が耳に入っていないかった。
「そんなまさかハーヴェイが・・・共に戦闘に出ることも多いし、わけのわからない協力攻撃もやった仲なのに・・・・・・しかしそれも全て命令だったわけだしな・・・・そうか・・・・仕方が無いよな・・・・・・・世知辛い世の中だな・・・」
ブツブツとわけのわからないことを口走っているヘルムートに、ハーヴェイは疑問符を浮かべながら話しかける。
「ヘルムート・・・?何言ってるんだ・・・・・??お前が俺を呼び出したんだろ?」
「何・・・?」
ようやくハーヴェイの言葉を耳にし、ヘルムートが顔をあげるとハーヴェイはなにやら手紙のようなものをペラリと見せてきた。
ヘルムートは声に出して読み上げる。
「なになに・・・?『あなたにどうしても告げたいことがあります。どうか、甲板へ来てください・・・』・・・・・???」
「さっき風呂あがったら脱衣所の服の上に置いてあったんだよ・・・お前じゃないのか?」
「全然違う。そもそも俺も甲板へ呼び出されたのだ」
ハーヴェイが果たし状を出したのではないことが判明し、ヘルムートは安堵して言う。
しかも2人同時に呼び出されたということは少なくともクールーク関連の果たし状ではないということだ。それにハーヴェイの方に届いた文面から読み取るに果たし状ですらなさそうだ。
「しかしそうなると一体誰がどんな目的で・・・・」
ヘルムートが顎に手を当てて呟いたとき、さらに見なれた顔の人間が甲板にやってきた。
「ハーヴェイにヘルムート・・・?何故こんなところにいるんだ?」
「シグルド・・・?お前こそ何故ここに・・・」
やってきたシグルドは、やっぱり持っていた紙をひらひらさせて言った。
「俺はどこからともなく飛んできた矢文に『甲板で大変なことが!早く来て!』と書いてあったからきたんだが・・・」
「や、矢文・・・?」
「・・・・・俺の異物混入よりはマシ・・・・・だろう・・・」
「やあやあ、ようやくそろったね」
疑問で溢れかえっている3人の前に、真打登場とばかり堂々とした態度で全ての根源、アルトは現れた。
「アルト様・・・あなたですか?俺に矢文を送りつけたのは・・・」
「そうだよ。なかなかの腕だろう?」
「・・・・・・・・髪の毛を掠めましたよ・・・」
機嫌の良さそうなアルトに、ハーヴェイは本題を切り出す。
「んで?俺達を呼び出して何の用なんだ?」
「白羽の矢!!」
「「「は?」」」
ズビシッ!アルトは美青年ズを指さして堂々と言い放った。
「君達に重要な任務を任せよう・・・これは僕の一生にかかわることだ・・・・・・」
アルトは声のトーンを落とし、いかにもシリアスで重苦しい雰囲気の口調で語り始めるが、そんなものには惑わされずに、3人は確実に感じる嫌な予感に表情を暗くしていた。
「僕は今まで一度も・・・いいか!一度もだ!!十数年間生きてきて一度も・・・・・馬刺しを食べたことが無い!!!!是非食べたい!!死ぬ前に食べたい!今食べたい!!」
ほぅーらきた予感的中。
大方買ってこいとでも言うのだろう・・・3人がげんなりと肩を落とす。
「だから君達に狩ってきて欲しい!!!!」
「「「狩・・・っ!!?;」」」
あきらかにおかしなアクセントに3人はたじろいだ。このリーダー何言ってるんだろ。そんなオーラを放ちつつ。
「アルト様、その・・・それは購入ですませてはいけないのですか・・・?」
「え?いいけど、売ってるの?売ってるところ見たこと無いよ僕」
たしかに。
この船に乗ってからいろいろな街をまわったが一度もみたことがない。
「「「・・・・・・・・」」」
何人は顔を見合わせてため息をついた。
一筋縄ではいかなそうだ・・・
どんよりとした空気にびくともせず、アルトはとどめをさす。
「いい?絶対持って帰ってきてよね!!!これはリーダー命令だよ!!!」
「「「(主権乱用だ・・・)」」」
そう思っても逆らえない悲しい性。
もちろんこれもアルトの策なのだが。
「じゃあいってらっしゃい!気をつけてね!!・・・・それじゃお願いビッキー」
「「「!!???;;」」」
よどんだ場をピーンと張り詰めて、三人はこの場に居ない名前を呼ぶアルトの見る視線の方に目をやった。
・・・そこに少女はいた。
「狩りができる場所に飛ばせばいいのね。まかせて!」
ビッキーは三人に杖を向けて神経を集中させる。
「いきますよー・・・・っくしゅん!!・・・・・・・・あ」
不吉なビッキーの言葉を耳にしながら、三人はまばゆい光につつまれ、甲板から姿を消すのだった。
「ビッキー、ご苦労様。戻っていいよ」
「あ、あのね今・・・ちょっと失敗しちゃった・・・かも」
「ああ、全然平気!!問題ないよ!!」
片手を挙げて爽やかに言い放つアルトに、当の被害者達は反論したかったに違いない。
「・・・最後の『あ』は、つまり・・・なぁ?」
「ああ・・・そうだろうな・・・」
海賊コンビは飛ばされた先で会話を交わした。
狩りができるどころかここは室内である。獣1匹すらいない。
山小屋のようなものならば、まだ望みを捨てることなく外へ出てみたりしたのだろうが、どこをどうみてもそのようなものではなく。
それどころかついさっきまでいた本拠地よりも、海賊島にあるアジトとは比べ物にならないほど。
清潔感のある壁紙に飾られているのは画家が描いたのであろう絵画、ほこり一つ落ちていないじゅうたんの上には細工の施されている棚、そこに置かれている高そうな壷。
毎日とりかえられているであろう花の美しさを花瓶がひきたてている。
そう、狩りとはまったく無縁の場所。
そもそも一般市民ですら無縁であろう場所。
「どう見ても一般市民クラスの部屋ではないな・・・貴族かなんかの部屋だろう」
シグルドの言葉に、ハーヴェイは肩を落とす。
「最っ悪・・・・どうすんだよ・・・馬刺しどころかこのままだと盗人と間違われるぜ?」
「だからといって無用心に部屋をでるわけにも・・・・・ヘルムート?どうした?」
先ほどから黙りこんでいるヘルムートに気づき、シグルドは声をかけた。
ヘルムートは顎に手を添えて、何やら考え込んでいる様子で口にした。
「いや・・・・この部屋、見覚えがあるような・・・・」
「おいおいおいおい・・・・;;お前が見たことあるっつったらよ・・・・ここはクールークってことに・・・」
「その記憶は確かなのか?ヘルムート」
「うーむ・・・間違いであって欲しいのは山々なんだが・・・・」
だんだん嫌な予感が絞めつけはじめ、空気が冷え始めたときだった。
部屋の扉が開き、3人は氷点下までつき落とされた。
「ん?誰かいるのか?」
部屋に入ってきたのは、長身で黒髪、服装は・・・・いや、見た目の印象なんてどうでもよかった。
なんせよく知った人物なのだから。
無論・・・知り合いとは違った意味で。
「トッ・・・・・!!!」
「ト・・・・・・・・・・・・」
「トッ・・・トトトトトロイ様・・・・・・・!!!;」
三人は硬直し、冷や汗を流す。
絶望。頭の中はまさにこの単語で埋め尽くされていた。
そんな空気も何のその。トロイは知っている顔を見つけると嬉しさと驚き半々の表情でヘルムートに近づいた。
「ヘルムートではないか。どうした?元気だったか?何故私の部屋にいるのだ?」
「「(トロイの部屋!?;)」」
敵陣に乗り込むどころの騒ぎではなかった。
気分はゴキブリホイホイの中のゴキブリである。
しかも無理矢理入れられた感じの。
相変わらず硬直状態の海賊コンビとは別に、前までとまったく変わらずに接してきたトロイに懐かしさを感じたヘルムートは今の立場を忘れて普通に返答してしまう。
「は、はい。気遣い感謝いたします・・・えー・・・そ、その・・・無断で部屋へ侵入してしまったことにはお詫び申し入れます・・・・こ、これには深いわけが・・・」
しどろもどろでうやむやに話すヘルムートを、トロイはまったく疑問に思うこともなく爽やかな笑顔を浮かべる。
「いや、元気そうで何よりだ。ここに長居はできるのか?」
「い、いえ・・・その・・・」
「そうか・・・残念だ・・・・だが、夕飯くらいは食べていってくれないか・・・?」
「えぇっと・・・そのトロイ様・・・」
「今夜は馬刺しだぞ。なかなか食べられるものではなかろう」
「「「ば、馬刺し!!?」」」
歯切れの悪い言葉ばかりはいていたヘルムートどころか、無言で硬直していた2人までもが身を乗り出して反応する。
先ほどまでとは打って変わった力強い口調でヘルムートはトロイに確認する。
「ば、馬刺しとはその、馬の刺身でございますか!?」
「ああ・・・それ以外になかろう」
「是非その馬刺し!!わけてくださいトロイ様!!!!!!」
「な、なんだヘルムート・・・お前馬刺しが好きだったのか・・・・?」
今までに無い剣幕のヘルムートにたじたじのトロイに、3人は腹を括り真実を告げ出した。
こう堂々と見つかってしまっては逃げることもできない。ならばせめて馬刺しを手に入れたい・・・
馬刺しを手に入れても捕らえられたら何の意味もなさないのだが、3人の思考は平常のものとはかけ離れていた。
いきなり敵の幹部の部屋に飛ばされれば誰だってそうだろう。
ヘルムートの説明を聞き終わったトロイは、考え込むような表情で言う。
「・・・なるほど・・・・・・それで馬刺しを・・・」
「無礼を承知でお願いいたします・・・どうが馬刺しを・・・」
「別にかまわないぞ」
「!?ほ、本当ですか!!」
あっさり承諾したトロイにヘルムートは目を丸くする。
トロイはフッと笑って見せ、当たり前のようにいった。
「当然だ。馬刺しを食べたいと思う気持ちに敵も味方も身分もない。極秘で船を用意させよう。馬刺しを届けてやるがいい」
「あ・・・ありがとうございますトロイ様!!!」
固い握手を交わすヘルムートとトロイの横で、助かったのだがこう簡単に助かるのもどうなのだろうと複雑な心境のシグルドとハーヴェイが遠い目でそれを見ているのだった。
船の上には3人と馬刺し。
無事に脱出したシグルド、ハーヴェイ、ヘルムートはトロイの用意した船でリーダーの元へ向かっていた。
「・・・馬刺しに苦しめられて馬刺しに助かったな・・・」
ハーヴェイは大量に入手した馬刺しを見つめながら呟いた。
「まったくだ・・・」
「当分厄介事はごめんだな・・・」
3人は同時にため息をついた。
念願の馬刺しを食しご満悦のアルトが、任務を無事に遂行した3人をさらに使いっぱしりとして利用し始める計画を立てるのは少し先の話である。
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