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■満月

やけに静かな夜だった。
窓を開いても生き物の発する音は聞こえず、ただ風が小さく木々に触れるだけ。
月は見えない。雲に隠れているのだろうか。
シーザーは冷たい夜風を頬に受けながら自室で地面を見下ろしていた。
夜の風景。シーザーはあまり興味がなかった。
別にただ暗いだけの世界を眺めていてもつまらない。そんなことをする暇があったら睡眠をとる方がよほど自分のためになる。
昼間あんなに騒がしい場所がまるで違う世界のように静かになり、闇に包まれる。
こんな風景の何が面白いかわからない。ただ・・・
「月は出てないのか・・・」
シーザーはぽつりと呟いた。
月が出ていれば少しはこの暗闇も照らされるだろうか。
つまらない。
こんな風景の何が楽しいのかわからない。ただ。
あいつはこの風景をよく眺めていた。
一見無表情のようでどこか虚ろな瞳を窓に向け、外の世界の空気に髪を遊ばせていた。
その光景は何か昔の有名な画家が描いた絵画のような印象を受け、遠い過去に見た夢のように現実世界とは別物のように記憶されている。
何をしているの?そう訊ねるとゆっくりとこちらに視線をうつして、優しく微笑んでくれた。
しかし返事は面白くも何とも無い。外を見ている、と。
その言葉は大して気にならなかった。ただ、後に暗闇を背負い、冷たい風に吹かれて微笑んでいる兄が・・・恐ろしく神秘的で、視線をそらすことが出来なかった。
あの時歳一ケタで、そんな神秘的なんて単語が出てくるはずもなく、ただ心を捕まれて何も考えられずに突っ立っているだけだったように思う。
部屋は暗かった。でも兄だけは淡い光を放っているように見えた。
さすがに自らが発光するなんて人間離れした技を持っているわけもなく。
「月・・・か」
月光に照らされた兄は別人に見えた。いや・・・人にすら見えなかった。
シーザーは見つめていた視界がふと明るくなったのを感じて空を見上げた。
「月・・・・・・」
満月。
まだうっすらと雲に覆われているのか、輪郭がぼやけてみえる。
今でも・・・あいつは夜の空を眺めているのだろうか。
さすがにもう、問いかけても微笑んではくれないだろう。
だけど・・・
「お前の笑顔、嫌いじゃなかったんだけどな・・・」
シーザーは苦笑して月に手を伸ばした。
届かない。
神秘的な美しさを持つ、あこがれの目標。
・・・届かない。
この声も、想いも。


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