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■帰還
「・・・ふざけんなよ」
数日間意識の無い兄に吐き捨てた何度目かの言葉。
まるで人形のように横たわるそれからは死んでいるのではないかと錯覚するほどで。
思わず胸に自分の耳を当てると弱弱しい鼓動が聞こえてきて安堵する。
元々敵対していたのだ。もしかしたら殺し合っていたかもしれない。そこまでいかなくとも重要な役割を担う軍師、命を狙われても仕方が無い。わかっているつもりだった。
だが実際どうだろう。
こうやって意識の無い兄を目の前にして揺れ動く己が心の波が。
冷静でいられないこの状況から脱出する術はただ一つ、この兄の意識が戻り再び会話を交わすこと。
「・・・・・・馬鹿だろ・・・」
あんなに許すことの出来なかった存在。
そもそも何故意識の無いアルベルトのそばにシーザーがいるのか、となると数日前の話になる。
戦争終了後、いったん自宅へとシーザーが戻ってから数週間が経っていた。
しかしこのまま家で過ごすつもりは無い。まだまだ軍師として学ぶことがある。
それに・・・まだアレに追いついていない。
シーザーは家から少し離れた場所に足を運ぶ。街から遠いこの場所に人気は無い。
木が不規則に生えるその場所は、太陽が木漏れ日として降り注がれる。
どこか、神秘的な場所であり、動物達の聖地のようであり。
よく、小さい頃この場に足を運んではいろいろな発見をし、その都度自分の実の兄に報告をしていた気がする。
いきいきと発見したことを話す自分に、兄はやさしく微笑んでは誉めてくれた。
それが、とても嬉しくてまた新しい発見を求めて足を運ぶ。
・・・昔の、話だ。
いつからそんなことが無くなったのか。きっかけは曖昧なものである。
ただ、兄は自分と違う道を歩き始めた。それが・・・
「いや・・・」
違う。
兄は自分の進むべき道を進んだ。
自分は兄とは違う道を選んだ。
元々違うところを歩くべき存在だったのだ、と・・・・割り切れないのは何故だろうか。
もう霞んでみえる幼少時代の記憶。あいつは、覚えているのだろうか。
戦略のために使用する知識で上書きされただろうか。
・・・別に覚えていて欲しいとは思わない。
思わない・・・のだろうか・・・・
「・・・だって、なぁ・・・」
やっぱり、どんなに縁を切ろうともアレは自分の兄であり、自分が超えるべき目標であり、そして・・・・
シーザーは足を止めた。いや、足が止まった。
この人とすらすれ違わない場所で、木々の葉から零れ落ちる日光を緩やかに浴びている人物は・・・・
「・・・・!?・・・アル・・・ッ・・・・・!!!」
地面に横たわっているのは自分の兄であり・・・その脇腹から流れる夥しい量の鮮血が、地面をだんだん湿らせている。
とっさに体が動かなかった。
ドクリと自分の鼓動が酷く大きく跳ねたのがわかる。
「アル・・・ベ・・・ルト・・・・?」
何とか声を絞り出しても返事は返ってこない。そのかわりに血に濡れる地面の面積が広がっていることに気がつく。
ハッと我に返るとシーザーはアルベルトに駆け寄った。
「アルベルト!!」
急いでうつ伏せで倒れていた兄を仰向けにし、上半身を起こして状況を把握する。
傷口は一ヶ所・・・この、鮮血が流れ落ちる脇腹。
顔色は真っ青だが、脈はある。
生きている。
それを確認するとシーザーはグッと拳を握りしめると、気合を入れた。
大丈夫。生きている。
応急処置を済ませると、自分よりも大きい兄を背負い、自分の家へと急いだ。
その後、医者を呼んで治療してもらい、現在に至る。
一命はとり止めたものの、意識が戻らない。
「・・・ふざけんなよ」
また、呟く。
全てを見透かしたような強い光を秘めたあの瞳が見たいと思う日がくるなんて。
結局なんだかんだ言って、俺は・・・
「・・・・・アルベルト・・・」
好き、だ。
「俺は・・・」
どんなに反発していても。
シーザーは項垂れた。
なんて単純で、簡単な事だったんだろう。
いままで何をしてきたんだろう。
こんな・・・
こんなことに・・・・
その時小さな物音が聞こえ、シーザーは勢いよく顔を上げた。
緑色の、綺麗な瞳。
「シー・・・ザー・・・・・?」
「っ・・・アルベルト・・・!!」
シーザーは事態の飲み込めていないアルベルトの覆い被さり、その唇に強く口付けた。
積もり積もった想いがあふれ出る。
シーザーはアルベルトから離れると、零れる涙も拭わずにアルベルトを睨みつけた。
「心配かけやがってこの馬鹿!」
「シーザー・・・」
「ふざけんなよこの・・・っ俺は・・・・・」
「・・・すまない・・・シーザー・・・だから、泣くな・・・」
上半身を起こしたアルベルトはシーザーの頬に手を伸ばした。
触れられた手は、少し冷たくて、でも温かくて。
シーザーはアルベルトを抱き寄せた。
「っ・・・泣かせるようなことするなよ・・・!」
「・・・・・すまない・・・」
久しぶりの再会は、一言二言で表せるような単純なものではなかったが。
ただ・・・離れた道がまた寄り添えれば・・・
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