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■帰る場所
すぐ止むだろうと宿屋に避難してからどれくらいの時間が経っただろうか。
シーザーはうんざりしながら窓の外で降りつづける雨を見ていた。
特に何もすることが無かったので城で昼寝をしていたところに風呂敷をつけた犬がうろついているのが目に入り、城を離れてイクセの村まで1人やってくる。
しかしいざ昼寝をしようとするとタイミングを合わせたかのように雨雲がやってきた。
しばらくすると案の定大雨が降りだし、シーザーは雨宿りをはじめた。
腹立たしいのは、すぐ止むと思っていた雨が延々降り続いていることよりも、昼寝を妨害されたこと。
室内だったらいつでも寝られる。
「(全然止む気配ねぇな・・・)」
雨の中わざわざ帰るのも億劫なのだが、ここにいてもやることが無い。
だからずっとシーザーは雨を眺める他無いのだった。
元々小さな村だ。雨の中出歩く人間自体が少ない。
・・・だから、それは余計に目立っていただけであり、深い意味は無かったのだ。たぶん。
「・・・!」
シーザーは驚いて立ちあがる。視線は窓の外に向いたまま。
「すみません。傘・・・売ってください」
店員の有無を聞かずに傘を2本奪い金を置き、シーザーは宿屋を飛び出した。
傘もささずに雨の中を歩いていたら、嫌でもその赤い髪と白いコートが目に入ってくる。
・・・ただ、あいつが目立っているだけだ。目に入ったものは無視できない。それだけ。
それだけ・・・
「アルベルト!!」
村の外れで自分の兄の姿を確認すると、シーザーは叫ぶように呼んだ。
その声に気がつき、アルベルトはゆっくりと無言で振りかえった。
虚ろな目で、シーザーを見つめる。
まるで人形のように、生気の感じられないその動さに、シーザーは違和感を覚える。
ここに、存在しないかのような・・・
「アル・・・」
もう一度名前を呼ぼうとすると、アルベルトはシーザーにゆっくりと歩み寄る。
雨にかき消されて足音は聞こえない。
音を立てずに、アルベルトはふわりとシーザーを抱きしめた。
「!?」
突然のことにシーザーは思考が停止する。
さしていた傘を落としそうになり、ようやくシーザーの思考が動き出すのと、ハッとアルベルトがシーザーから慌てて離れるのは同時だった。
「・・・・・・・すまん。濡れてしまったな・・・」
ようやく口を開いた自分の兄に、シーザーは安堵する。
まがい物ではなく、これは正真正銘自分の兄だ。
それと同時に、どこかずれてる発言に半分呆れる。
「・・・あのな・・・ハルモニアの軍師様がこんな敵地で1人、傘もささずに何をしてたんだ?」
「・・・・・・・・・・・自ら敵地に乗り込み策を練るための調査・・・といえば満足か?」
ようやく彼らしい発言になってきたが、やはり表情はどこか虚ろで、その声にもいつもの憎たらしさがない。
シーザーは小さくため息をつく。
「満足すると思うか?」
「いや・・・」
「それより」
シーザーは持っていた傘をアルベルトに差し出した。
アルベルトはきょとんとした表情でその傘を見つめた。
「・・・使えよ」
シーザーはアルベルトに押し付けるように傘を差し出す。
敵の軍師を助けるような真似をするのか?お前はまだまだ甘いな。それくらいの言葉が返ってくるものだと思って身構える。
が、アルベルトは静かに首を横に振った後、傘の下までシーザーの腕を押し戻した。
「たまには雨に濡れるのも悪くない」
「・・・しばらく会わないうちに変わった趣味を持ったんだな」
厭味を込めたシーザーの言葉だが、アルベルトから返答はなかった。
ただ、遠くを見ているような視線。
一体何を見ているのか。
・・・何を見たくないのか。
シーザーは頭に手を持っていき考えたのち、目を伏せてさしていた傘をボサリと地面に落とした。
遮るものがなくなったシーザーの上に、想像以上の雨が打ちつける。
そういえば雨に濡れるのも久しぶりだ。シーザーが過去の記憶を引っ張り出しているとき、頭上から声が落ちた。
「・・・風邪をひくぞ」
「・・・・・・・・・・・あのなぁ・・・その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「・・・・・・・・・・・」
そう言われては言い返せない。
アルベルトはふぅ、とため息をつくとシーザーが開いたまま落とした傘を閉じてシーザーに渡す。
「・・・もう仲間の元へ戻れ。軍師が行方不明とあっては皆大慌てだ」
「・・・・・・だから、お前の言葉全てお前に返すと・・・」
「俺も戻るさ・・・だからお前は、仲間の所に戻れ」
シーザーが傘を受ける取るのを確認すると、アルベルトは歩き出す。
しばらく受け取った傘を眺めていたシーザーだが、ふと気がついて兄が立ち去った方向を見る。
「アルベルト!」
しかしもう兄の姿は見えない。
シーザーは雨の音を耳にしながら、呟いた。
「『お前は、仲間の所に戻れ』・・・じゃあお前は・・・どこに戻るんだよ・・・」
その呟きは自分自身にしか聞こえないものだった。もし届いていても聞こえないふりをされていただろう。
「・・・ったく、仕方の無い兄貴だ・・・」
シーザーはもう今更傘をさす気にもなれず、そのまま仲間の所に戻っていった。
雨は、数日降り続いてた。
何かを洗い流すかのように。
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