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■望むもの
明かりの無いその空間にすら鮮明に焼きつく驚くような赤。
飛び散り、全てを汚していくその眩しい鮮血を見て、獣の目は鋭く光る。
窓から入る月と星の光りを反射し、自己主張するかのように煌く刃。
微笑みとともに動けば、また辺りは血で染まる。
いつも与えられるものは痛みと傷跡。
でもそれが彼にとってそれ以上の何かを持っているのだとしたら。
すぐに消えてしまいそうな淡い望みの輝きを信じようと思うから
この痛みも黙って受け入れることができるのだ。
これで、いい。
俺はこれでもいい。
「見事な晴天だなー」
城の窓から差し込む太陽の熱を感じ、眩しそうに空を見ながらシードは感心する。
「ここまで晴れると、悪意すら感じるものだ・・・」
「あー・・・まあ確かにな」
横を歩くクルガンの呟きにシードも苦笑気味に同意する。
数日間遠征へ出向いてた間中、親の敵の如く大雨が降り続いていたのだ。
明日こそは止んでくれとため息交じりに願ったりしたが、まったく効果も無く、昨日大雨の中帰還したのである。
「しかも帰ってきた途端雨が止んだろ?何か人為的なものを感じざるをえないというかなんつーか・・・」
シードは頭に手をやってぼやく。
こんな大規模な天候が人為的であるはずもないのだが、この偶然はそう感じてしまう。
シードの言葉にクルガンは空からシードに視線を移し、考えるように呟いた。
「人為的・・・というよりも、感情の反映に近いものはありそうだな」
「感情の反映・・・・・・?」
予想もしなかった言葉にシードは首を傾げる。
答えを催促するようなオウム返しだったが、クルガンは直接的な答えは告げず、真剣なまなざしを向ける。
「・・・シード」
「なんだ?」
「・・・・・・・・仁王立ちしてみろ」
「は?」
クルガンの突拍子も無い言葉にシードは間抜けな声をだす。
「お前は仁王立ちもしらないのか?」
硬直したままのシードにクルガンは声のトーンを変えずに腕を組む。
シードは唐突な質問の意味を考えるのも忘れてムッとする。
勿論その反応はクルガンの思惑通りであるのだが。
「馬鹿にすんなよ。仁王立ちくらい知ってるっつの。こうやって・・・・っ」
シードは胸を張り、自分の腰に手を当ててポーズをとろうと体に触れた瞬間、表情をゆがめてすぐに手を離してしまった。
慌ててシードが表情を元に戻そうとするが、もう遅い。
しかしあえてそこには触れず、クルガンが声をかけた。
「別に腰に手を持っていくのが仁王立ちではないのだがな」
「そ、そうなのか?へぇー・・・・・・」
上の空で視線を合わさないようにシードは返事をする。
あきらかに様子がおかしい。
予想はしていたが・・・クルガンはため息をついた。
「・・・・・・・・・戦闘以外で無茶をすると本番に支障がでるぞ」
「!?」
シードはビクッと体を震わせる。
主語の無いそのセリフは非常に鋭く的確であった。
恐る恐るシードはクルガンの方を見る。
そこには表情の変わらないクルガンがいた。
しばらく視線を合わせていたが、シードは耐えられなくなり視線をそらす。
まさか、知っていたなんて。
その疑問はそのまんま顔に出ていて、クルガンのような勘の鋭い人間でなくともわかるくらいだった。
「薄々感づいてはいた・・・・・・が、ある日ルカ様から聞かされた」
「なっ・・・」
「面白そうに語っていたぞ・・・お前のことを」
「・・・・・・・・・」
「いつまで続ける気だ?いくらお前でも体が持たないぞ」
軽い口調で・・・・・・いや、なるだけ重くならないようにクルガンはシードに訊ねる。
だがやはり、場の空気は重いものへとかわりはじめている。
「いつまでって・・・・・・終わるまでだよ」
「モノ扱いされているんだぞ?それで・・・」
「いいんだよ!!!」
シードがクルガンを遮るように声を張り上げた。クルガンは驚いて口を閉じる。
こんな剣幕のシードを見るのは久しぶりか、それともはじめてか・・・とにかく見なれない顔だ。
「いいんだよ・・・いいじゃねーか、それでも・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ならば勝手にしろ・・・お前がそこまで言うのなら私は何も口出しはできん。だが・・・・・・」
クルガンはシードに背を向けて声のトーンを落とす。
「それ以上お前が傷付くのならば、私は我慢しかねる」
「クルガン・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
目を丸くしたシードを声の調子から感じ取り、クルガンはその場を立ち去った。
ただ、相手が思うように。相手の思うがままに。自身はそれを受けとめるのみ。
やっていることは・・・同じだ。シードと。
それでも、折れなければならないのは誰なのか。
クルガンは薄々感じていたのだった。
太陽の光が、心の奥底まで照らしているかのようで不快だった。
ならばせめて、明るい笑顔だけはみせてくれなければ・・・つりあいが悪い。
そう・・・ただ、全てが吹き飛ぶような眩しい笑顔を。
いつもの薄暗い部屋は窓が開かれ、そこから入る冷たい空気が頬を撫でる。
揺れるカーテンの近くに、風に黒髪を遊ばせているその人物は、普段の様子とは違っているようだった。
何年経とうとも忘れられないものがある。
一年中で一番感傷が高まる日・・・
たとえどんなに時代は変わっていこうとも、心に残る大きな傷。
どちらから話し掛けることもせず、ただ夜の風が部屋の中に流れ込んでいた。
今日は・・・特別な日なのだ。
皇女の命日。
「俺は、あなたより先に死にませんよ」
まるでひとりごとのように呟いたシードの言葉に、ルカは振り返る。
「ほう・・・?」
言いながらルカはつかつかとシードに近づくと、片手でシードの胸倉をつかんでにやりと笑う。
「随分と自信満々だが・・・貴様は俺に殺される恐怖がないのか?」
ルカの手に力が入る。しかしシードは動じるどころか、冷静に言い放つ。
「あなたには殺されません」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ルカは顔から笑みを消し、乱暴に手を離すと、今度はシードの腕を引っ張ってベランダまで連れてくる。
そしてそのまま柵にシードを力強く押し付けて言った。
「このまま突き落とせばおまえは死ぬ」
「・・・・・・・・」
「この俺の手にかかって地獄へ旅立て」
ルカはグッと力を入れてシードを宙へと押し出す。
ふわりとシードの体が完全に宙に浮く直前で、シードは呟く。
「あなたには殺されませんよ・・・絶対に」
薄く、シードは笑った。
「・・・・・ちっ・・・・・」
ルカは不機嫌顔で舌打ちをすると、落ちかけたシードの腕をつかみ、強引に引き上げて投げつけるかのようにシードを助けあげる。
その衝撃でシードは壁に背中を強く打ちつけた。
「・・・っ・・・・」
痛みに気を取られているうちに、ルカはシードに近づくとシードの顎に手をかけ、ぐいっと顔を無理矢理上げさせる。
「その自信はどこからでてきている?」
「自信・・・?さあ・・・ただ絶対そうだと思うだけですから」
きょとんとした顔で、さらりと常識はずれたことをシードが言うと、ルカはあっけにとられた顔をする。
「フッ・・・・ククククッ・・・・・・・やはり変わったやつだな、おまえは・・・・」
「そうでしょうか・・・・・・・・・っ!」
ルカはシードの唇を己の唇で強くふさいだ。
それは強引ではあったけれどずっと求めていたもの。
シードは自分の心拍数の速まりを感じながら半ば信じられずに硬直する。
やがてルカは身を離すとシードに言う。
「では、あれも本当か?」
「はい・・・?」
「俺より先に死なないって言葉だ」
「ああ・・・はい。死にません」
シードはきっぱりと言うのを聞くと、ルカはフッと鼻で笑った。
「・・・それは貴様、戦場で俺が狙われていても庇いはしない、ということだな」
「え・・・?ああまあ・・・そういうことにもなりますねぇ・・・」
「フッ・・・・・良い度胸だな・・・・・・・・・だが悪くない」
「お褒めに預かり光栄です」
「ふん・・・・・・」
冷たい風は全てを包み、空気を和らげた。
「おっはようクルガン!」
「・・・朝から元気だなおまえは」
廊下でばったり出くわした同僚に爽やかな笑顔で挨拶され、クルガンは眉をひそめた。
「何いってんだよ。朝は一日の始まりなんだぜー?」
「・・・普段まだ寝てるクセに何を言うか・・・・・・まあ、おめでとうとでもいっておくか」
「よくわかんねーけど、ありがとう」
シードはクルガンに明るい笑顔を見せた。
それは敗北の証拠であったが、クルガンはホッとする。
やはり、おまえは笑っている方が良い。
もはや口に出しては言えないが、クルガンは心底そう思った。
これから何が起ころうとも、その笑顔だけは消えることの無いよう・・・
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