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■相愛
『そう・・・なるのかな』
好きになった?と訊ねた後、そういったときの表情が鮮明に浮かんでくる。口から出した言葉よりもずっと、素直な感情がそこに現れていた。
きっと・・・そんな感情を抱いているのは彼女だけではないのだろう。
現に自分が彼を頭に浮かべただけで、次々と流れるように褒め言葉の類があふれてくる。語っているうちにまた新しい発見をして追加、過去に話した部分がさらに良くなってて追加。きっとその語りに終わりは無い。
そんな考えをもつ人が、この学園だけで何人いるのだろうか。そう思うと、口から出たのは語りではなく大きなため息だった。
「はぁ・・・」
部屋中にきこえるほどのそれが、向かいにいる人物にきこえていないはずも無いのだが、考え出すととまらない。
・・・もし。彼が心の底から望む相手が現れたら・・・
「諦めたらどうなんだ」
ドクリと心臓が跳ね上がった。
諦める・・・か。
「相性が悪いのはお前が一番わかっているだろう」
たしかに・・・そうかもしれない。彼にふさわしいのはきっと彼にならぶ知能と冷静さを秘めた人。並んでいるだけでそこが別世界にみえるような・・・そんな人。
でも本当に・・・本当に彼が望む人間が現れたら、二人を祝福する自身がある。それが、彼にとって幸せなのならば。喜んで祝福しよう。
「・・・痛くないのか?」
大丈夫。きっと・・・多分・・・・・・本当は少し痛いかもしれない。だって・・・
「ずっとかまれているぞ」
「そう、かまれて・・・え?は・・・?」
顔をあげると彼の顔。彼の視線は斜め下。それを追ってみえるのは手をかみ続ける猫。
血がにじんでる。結構かまれていたようだ・・・客観的に眺める。
「ああ・・・確かにコレは痛い」
「痛みに負けない考え事とはまた、随分なものだな」
彼はあきれたように小さなため息をついた。・・・そりゃそうだ。かまれていることを自覚してみると本当に痛い。一方的な片想い。
諦めろとは・・・これのことか。
「なんだ・・・そうか・・・」
なぜか安心して、今度は安堵のため息をついた。
会話の流れを完全に無視したその動作に、彼も眉を寄せる。
「・・・何がだ?」
「あ・・・いや、こっちの話・・・・・・なんか、モテモテだなぁ・・・って」
「・・・・・・・・誰がだ?」
名指しする代わりに彼の顔をじっと見つめた。その意図は彼にも伝わったようで、やれやれといった感じで頭に手を持っていく。
「別にどうでもいいだろうそんなことは」
本当に興味がなさそうだが否定はしてない。思わず苦笑してしまった。
「否定はしないんだな・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・昨日」
「は?」
今度は彼が話の流れを断ち切る。だがその表情はいたってまじめだ。
窓の外に視線を移しているその先にあるのは渡り廊下。切り出した言葉は『昨日』。
昨日、渡り廊下・・・・・・・・・
「あそこを女子生徒と歩いていたな」
「え?ああ・・・荷物が重そうだったから・・・」
確かに昨日、大量の本を抱えた図書委員の手伝いをした。
その時に・・・あそこを歩いた・・・かもしれない。あまり意識していないが確かに図書室へむかったのだからそうなるだろう。
「それに今朝・・・女子生徒と花壇の手入れ」
「ああ、1人で大変そうだったから・・・」
「それから・・・」
「ちょ、ちょっと待って・・・いきなり何・・・?」
慌てて話をストップすると彼は窓からこちらに視線を戻した。
表情は変わらない。普段どおりの冷静顔。
整った顔の唇が言葉を紡ぐ。
「モテモテだな」
「は!?」
先ほど言われた言葉をそのまま返すと、彼はニヤリと笑ってみせる。
モテモテ・・・?これが・・・?別に、ただ気がついた困っている人を助けて、それがたまたま女性であっただけ。
それと、もうひとつ気になったのが・・・
「それよりさ・・・なんで、そんなこと知って・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
だんまり。
「ねぇ・・・?」
完全にソッポを向いてしまっていて表情は見えないが、相手が都合の悪い展開になっているのは目に見いえている。
そう、わかってる。簡単だ。
昨日も、今朝もその後も。ずっと見てたってことで。
・・・・『彼にふさわしいのはきっと彼にならぶ知能と冷静さを秘めた人。並んでいるだけでそこが別世界にみえるような・・・そんな人。』
そう、思ってたけど・・・
「ちょっと、自信持ってもいいのかな・・・」
「・・・・・・か・・・」
ボソリと呟いた言葉は耳に届かなかった。
「へ?」
「ふぅ・・・お前は馬鹿だな」
今度はきっぱりと聞こえる。
でも知ってる。この口調は何かをごまかすためのカモフラージュ。
じゃあさっきの言葉はきっと本心・・・聞き取れなかったのが残念。苦笑する。
「はは・・・そうだな。馬鹿かも」
「・・・待っててやるから・・・早く来い」
また小さく呟く。でも今度は聞き取った。
これは・・・本当に、自信を持っても・・・・・・一度目を伏せて一呼吸。
改めて笑顔を告げると、ずっと言えなかった言葉がすんなりと出てきた。
「好きだよ・・・」
何があっても、変わらない想い。
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